** あふれる想い ** /
50のお題・37
「これで、終了っと」
キャリバーと端末を繋ぐコードを抜きながら時計を見ると、日付けが変わる少し前だった。ムゲンキャリバーの不具合が見つかったのは、今朝。前日にプログラムの追加がされたばかりだったので原因はすぐに判別したものの、微調整の部分で時間を取ってしまったのだ。微調整の部分はパイロット自身のクセの問題なので、通常パイロット本人が数日かけて直していくしかない。しかし、明日には演習があるため、一日で終わらせなければならなかったのだ。
「お疲れ様」
「おう、お疲れー。ごめんな、こんな遅くまで付き合わせちゃってさ」
「元はといえば、私のミスだもの。追加プログラムの実行日を演習日二日前にスケジュールを組んでしまったのが……」
「プログラムが遅れたのが原因なんだろ? のせいじゃないって」
「……ありがとう」
「気にすんなって。それに、礼を言うのは俺の方だよ。が居なかったら、朝になってたぜ」
「そう言ってくれると、助かるわ」
「あ、送ってくから、東ゲートで待ってろよ」
の返事も聞かず、真人は格納庫から出て行ってしまった。残されたは、真人を待たすわけにはいかないと、慌ててロッカー室へと向かうのだった。
真人が運転する車は心地いいと、は思う。ちらりと運転席を窺うと、メーターパネルの照明にうっすら照らされた真人の横顔が目に入った。運転に集中しているのか、口数も少なく、が知っている真人とはまた別の表情に、ドキリと胸が鳴る。
「何? どうかした?」
「見惚れてたの」
「え?」
「真人の横顔に見惚れてた」
嘘ではない。いつもより大人びた表情に、は思わず目を奪われたのだ。
「からかうなよ」
さっきとは打って変わって不機嫌な声。何か気に触ったことを言ってしまったかと、は焦る。
「からかってないわ」
「……」
「本当よ」
珍しく、真人が怒っている。長い沈黙が続き、気まずい雰囲気の中、互いに言葉を発することもできずにいた。気付けばのマンションの前で車が静かに停車する。
「あの、真人。私、あなたを怒らせるようなこと言ってしまったみたいね。ごめんなさい」
「違うんだ、その、これは……」
「遅いのに、送ってくれてありがとう。それじゃおやすみなさい」
車のドアを開けようとした手を、真人が捕まえる。
「」
「何?」
「違うんだ。怒っているんじゃない」
「でも……」
「なあ、。俺がが好きなこと、気付いてるだろ?」
突然の告白に、の心臓はドクンと大きく波打つ。
確かに、真人の言うとおり、はっきりした言葉はなかったが、少なからずアプローチを受けてきたような気はする。しかし、真人はモテる。言い寄る女性は後を絶たないし、自分など足元にも及ばないくらいの美人や可愛い娘が選り取り見取りなのだ。わざわざ年上で仕事しか取り柄のない自分に言い寄るはずがないと、真人の必死のアプローチはスルーされていたのだった。いや、気付かないふりをしてきただけなのかもしれない。要らぬ期待をして、傷つくのが怖かったのだ。それは、が真人に対して同僚、友人以上の感情を持っていたからに他ならないのだが。
「えっと、その……」
しどろもどろに答えるを、真人は強引に抱き寄せる。
「気付いてないっていうんなら、改めて言うよ。が好きだ。ずっと、好きだった」
「……本当?」
「嘘言ってどうするんだよ」
「だって、私、仕事しか取り柄はないし、真人はもっと可愛い娘がいると思うの。それに、私の方が年上なのよ?」
「……判った」
突然、真人の体が離れた。しかし、の体は変わらず真人の腕に軽く拘束されたままだ。怖いくらいの真剣な表情がの瞳に映る。
「俺が年下だからダメだって言うんなら、『そんなこと気にならない』っての口から言わせてみせればいいんだろ」
「え……?」
が抵抗する間もなく、真人は彼女の唇を奪う。少々強引ではあったものの、それは優しく触れるだけのもので。
「俺が好きなのは、だって言ってるんだぜ? 誰が何と言おうと、俺のことを好きになって欲しいのは、だけだ」
睫毛が触れてしまいそうなほどの距離で真人が囁き、再び唇を重ねる。先ほどのように触れるだけの口づけは、何度も角度を変え徐々に深いものになっていく。
「……待って……まさ、と……」
「……違う」
「違うっ、て……んっ」
のささやかな抵抗も、真人の唇によって抑え込まれてしまう。真人からこれ以上ないというほどの熱を与えられて、はそれを必死に受け止めるのが精一杯だ。
マンション前の外灯が照らすだけの車内には、二人の唇の間から漏れる吐息だけが響く。
どれだけの長い時間が経っただろう。すっかり息が上がってしまったは、真人の胸を力なく叩いて限界だと告げる。流石にこれ以上は不味いと思ったのか、真人の唇はゆっくりと離れ、至近距離での瞳を見つめてくる。
「……俺が、どんなにのことが好きか、判ったかい?」
ここで否と言える人間など、居るものか。は恥ずかしさと嬉しさでどうにかなってしまいそうになる。
息を整えながら、潤んだ瞳で見つめ返すはどこか扇動的だ。このままでは越えてはいけないラインを踏み越えてしまいそうで、真人は返事を促す。
「それとも、やっぱり俺が年下だから、好きにはなれない?」
「そんなことないわ……」
「じゃあ、言ってよ」
真人が聴きたかった言葉。真人にしてみればくだらない理由で拒絶された言葉を、覆す言葉。それが何か、は理解している。いや、理解させられたばかりだ。
「……年下なんて気にならないわ。好きなの。……私も、真人のことずっと好きだったの」
「本当に?」
「嘘言ってどうするのよ」
さっきとは逆転してしまった会話に、思わず顔を見合わせ、吹き出してしまった。
「本当に、私でいいの?」
「がいいんだ」
心配そうに訊いてくるの表情は、最早真人の欲を掻きたてる材料にしかならなくて。 真人は再びその唇を堪能したのだった。
終