** 言葉じゃたりない? ** / 50のお題・39



ピルルル……ピルルル……

  が携帯の着信音で目を覚ましたのは真夜中だった。隣で眠っている真人を起こさないように静かにベッドから降りて上着を羽織り、テーブルライトを点ける。キャビネットの上で光りながら震える携帯を素早く取り上げると、少しでも音が小さくなるようにスピーカーを押さえ、夜中に電話してくる迷惑な人間の名前を確かめた。はその名前を見るなりため息をひとつ漏らし、ソファに腰を下ろす。

(どうしてこの人の名前が入ってるの?)

  自分でメモリーしたはずのない名前が、ディスプレイに浮かんでいた。電源をオフにして無視するのがこの場合一番の良策なのだが、このまま無視し続けると家にまで押し掛けられそうなので、この際話をつけてしまおうと通話ボタンを押す。

「はい、です」

  電話の向こうから聞こえてくるのは、男の声。
  小声で話すを気遣うことなく、その男の声は携帯越しでも静かな部屋の中に響き渡るような大きな声で、真人が起きてしまうのではないかと気になってしまう程だ。

「その話はお断りしたはずです」

  静かに、しかしはっきりとは電話の向こうに居る男に話し掛ける。
  この男、の同僚の知り合いで、皆で食事に行った際にを気に入ったらしく、しつこく言い寄ってくるようになったのだ。
  もお付き合いする気はないと、きっぱり断わったのだが引き下がる様子がない。携帯番号を教えた訳ではないのに知っていることや、いつの間にか自分の携帯にこの男の名前がメモリーされていたことに嫌悪感を持っているというのに。

「ですから、あなたとお付き合いする気はないんです」

  男の話は一方的で、しかもが話すことに耳を貸そうとしない。それだけでも不愉快な気分になるというのに、男は次々と自分に都合のいい話ばかりしてくるのだ。
  有名企業に勤めている自分と付き合えるなんてステータスが上がるだろう、とか。
  付き合っているひとが居るなんて、同僚たちに対する見栄だろう、とか。
  適齢期を過ぎた君を助けてあげるんだから喜んで交際をOKするべきだ、とか。
  モテてモテて困る自分がそれらを断わってまで君を選んだのに何の不満があるんだ、とか。

(ステータスなんて興味ないし、本当にお付き合いしている愛しいひとはここに居るし、適齢期なんて個人差っていうのがあるのよ、勝手に私の適齢期を決め付けないで。モテて困るくらい女性が寄ってくるならそっちとよろしくやって下さい)

  いい加減辟易してきたところに、男の口からとんでもない事実を告げられた。

『実は君のマンションの前に居るんだ』
「……は……?」

  はこの時初めて、怒りを通り越して恐怖を感じた。背筋に冷たいものが走る。この男は危ないと、どこからか警告が聞こえた気がした。

「いい加減にしろよなー、こんな夜中に女の子怖がらせて何が楽しいんだよ」

  いつの間に起きたのだろう、真人がから携帯を奪って憮然とした顔で男に対している。その様子から、男との会話は殆ど筒抜けだったようだ。会話と言っても、男が一方的に話していただけだが。

「真人……」

  真人はを安心させるようにウインクしてみせると、再び毅然とした態度で電話に向かう。いきなりの声が男の声に変わったことに驚いたのか、先程まで好き勝手喋り続けていた男の声は聞こえてこない。

が嫌がってんの、判んねーの?」

  気を取り直したのか、男は真人に反撃しはじめたようだ。
  が案じた通り、部屋中に男の声が響き渡っている。

「あんたも判んねぇヤツだなー。俺はに頼まれたバイトでもないし、の兄弟でも従兄弟でもないって」

  もしそれが本当だとしても、自分を遠ざけるための要員だということに気付かないのだろうか。それとも、気付かない振りをしているのか。何にせよ、周りが迷惑なほどに自己中心的な考え方を持っていることに違いない。
  男の融通の利かなさにほとほと嫌気が差したのか、耳から携帯を離してうんざり顔でそれを見やる。
  これ以上真人に迷惑を掛けるのも良くないと、は小声で真人に話し掛けた。

「……切っちゃってもいいよ」
「それじゃこいつ、諦めないだろ」
「うん。どうしよう」

  うつむき加減で思案に暮れるを見て、何を思ったか真人は携帯を持った手で彼女の顎を上げ、もう片方の手を腰へと回した。しっかりと固定されたは驚きの声も上げる間もなく、真人の唇にその口を塞がれる。

「ん……んーっっ!」

  必死で抵抗するが、到底真人に敵うはずもない。
  真人は真人で、息をする間さえも惜しむくらいに口付けを深くしていく。頬にあたる携帯の冷たさがの意識を辛うじて正常に保ってくれているのだが、ますます激しくなっていくキスにそれさえもままならない。から漏れてくるのは、本来なら真人しか聞くことのできない甘い声。
  立っていられなくなったの腰を支えてから、ちゅっ、とわざと音を立てて唇を離した真人は、電話の向こうで絶句している男に言い放つ。

「俺たちの邪魔するなんて野暮なだけだぜ?」

ブツッ、ツー、ツー、ツー……。

「いっちょ上がり」
「い……いっちょ上がりじゃないわよっ。絶対聞こえちゃってるじゃないっ!!」
(わざと聞こえるようにしたんだけどな)

  は真っ赤になって真人の胸を叩いて抗議する。

「いいじゃん、一石二鳥ってやつだよ」
「何が一石二鳥なのよ」
「あいつは諦めたし、俺たちは気持ち良かったし?」
「な、なっ……」
「あれ? は違うの?」
「そんなこと、聞かないでよ」
「邪魔者はいなくなったし、朝までまだ時間はある。やっぱキスだけじゃ足りないよな」
「……はい?」

  を横抱きにして真人が向かった先は、まだ仄かに温かいベッドの中だった。





足りないのは言葉じゃなくてキスですか(苦笑)
私が書くと真人がすっごいえっちーになっちゃうような気がするんですけど。
おかしいなぁ(笑)

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