** スノーホワイトの出会い **
あの忌まわしいイデリアとの戦争が終結してから約一年半。猛スピードで行われた復興作業のお陰で、人々の暮らしは戦争以前のものとさほど変わらないものになっていた。
最終決戦の場で鉄の塊と化していたコマンドベースも三ヶ月かけて修理され、今は地球連邦軍本部の日本基地で更なるパワーアップのため、静かに格納庫に眠っている。
それに伴い、ドルバック隊も日本基地へ異動となり、主に復興作業の手伝いやヴァリアブルマシン隊の訓練・育成に励んでいた。
(うわ、もうこんな時間かよ)
混雑する電車の中、ドア付近に居場所を確保できた真人は、左腕につけている腕時計で時間を確認する。時刻は十九時五十三分をさしていた。
今日は贔屓にしている居酒屋で、親しい仲間内での新年会なのだ。開始時刻は二十時。遅刻しないように、と同僚のルイに釘を刺されたにもかかわらず、こうして完全に約束の時間に間に合わなくなったのにはわけがあった。昼からの大雪で電車が遅れているのである。もちろん、電車に限らず、殆どの交通機関が麻痺している状態なのは知っていた。だから仕事も定時に終えて、一度家に戻り車を置いてから、急いで電車に乗り込んだはずなのだが。まさかこんなに遅れているとは予想外である。
真人がひとつ溜息をついたとき、いつの間にか電車は目的の駅に着き、ドアが開く。前からは電車に乗り込む人々が、後ろからはホームに降りようとする人々がどっと押し寄せてくるが、真人はなんとか流れに乗って、改札へ向かうことができた。
駅から会場の居酒屋まで、歩いて十五分、急げば間に合うかもしれない。間に合わなかったとしても、ほんの五分ほどの遅刻で済む。真人はごった返す人の波を上手く避けながら、居酒屋までの道を急いだ。
改札を抜け駅の東口を出ると、待ち合わせ場所を想定されて造られた大きなからくり時計がある。週末ということもあってか、その周りは沢山の人で溢れていた。
「放してください!」
真人の耳に聞こえてきたのは、紛れもなく女性が抵抗する声。思わず立ち止まり、声の主を探す。
この主はすぐに見つかった。からくり時計の真横で、一人の女性が男に掴まれた腕を振り払おうとしている。男は二人。明らかに強引なナンパだろう。
時間も気になるが、黙って見過ごすこともできない真人の足は自然に彼女の方へと向かっていた。
「ごめん、待っただろ?」
真人が絡まれている女性に声を掛けると、三人が驚いた顔でこちらを見る。それには構わずに、男の手から彼女の手を取り、彼女をかばうように男たちの前に立ちはだかった。
「彼女に何か用でも?」
真人が睨み付けた途端、男たちはちぇっ男かよ、とぶつくさ文句を言いながら、この場を去っていく。彼らの姿が小さくなっていくと、後ろから、ほっと胸を撫で下ろす彼女の気配を感じる。真人が振り向くと、彼女は笑顔で頭を下げた。
「ありがとうございます、助かりました」
「いや、それより大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。少し、驚きましたけど」
少し困った顔をしながら小首を傾げ、心配そうに見つめてくる真人に応える。
初めて目が合った瞬間。ほんの二、三秒だったかもしれないが、真人は何故か時間が止まったように、彼女から目をそらすことができなかった。
そのとき、からくり時計が動き出し、二十時を知らせるメロディーが流れてきて、弾かれたように目をそらす。
可愛らしく動き出すからくり人形に急ぐ気も失せたのか、遅刻は遅刻だと開き直ったのか、真人は、まださっきの男たちが居るかもしれないから、と彼女と一緒に駅構内のスタンドコーヒーショップへ移動した。
真人が『本日のコーヒー』をオーダーしている間、二人掛けのテーブル席で彼女は待ち合わせしているという友人に、場所を移動したことをメールで知らせる。すぐに返事のメールが届き、雪の所為でバスが中々進まなく足止めされていたことを知る。
コト、と目の前にコーヒーが置かれた。彼女の向い側の椅子に真人が腰をおろし、どうぞ、と勧める。
ありがとうございます、と、彼女がコーヒーに口をつけようとしたとき、周りの視線が自分たちに向いていることに気付いた。ふー、ふー、と熱いコーヒーを冷ましながら、何か変なものでも付いているのだろうか、と密かに自分の身なりをチェックするが、別に目立った格好をしているわけでもないし、面白いものが付いているわけでもない。よく見ると、周りの視線の先は自分ではなくて、目の前に座っている真人に向いているのである。
そして、なるほどな、と納得してしまう。きりっとした眉、整った目鼻立ち、長身でスタイルもいい。それだけでなく、困っていた人間を助けてくれるような器量の持ち主で、しかも声まで良いときている。
ついつい彼女も見とれてしまう。
「で、あとどれくらいで着きそうだって?」
突然声を掛けられて、彼女は我に返った。
「あ、あと十分くらいで着くみたいです。すみません、ご迷惑掛けてしまって」
「いいんだよ、これくらい。それより、これじゃ俺の方がナンパしてる感じだよな」
悪戯っぽく笑う彼と、ナンパ男どもを蹴散らしたときの彼とのギャップが楽しい。さっきまでは頼もしいと感じたはずなのに、彼がこうして悪戯っぽく笑うと、ぎゅっと抱きしめたくなるのは母性本能だろうか。
そうですね、とくすくす笑い返すと、真人はは少し困った顔でコーヒーを飲む。
「でも、ナンパじゃないんでしょう?」
「そりゃそうだけどさ」
「なら、いいじゃありませんか。私、あなたに助けてもらわなかったら今頃どうなっていたか分からないし、本当に感謝しているんです」
「そう言ってもらうと助かるよ。正直、警戒されてたらどうしようかと思ってたんだ」
今度は真人が胸を撫で下ろす番だった。
「よかったら、お名前教えていただいてもいいですか?私、っていいます」
「さん、ね。俺は無限真人。真人でいいよ」
どこかで聞いたような名前だったが、は大して気にも留めず、無限真人という名前を忘れないように心の中で何度もつぶやく。
これでお互いの緊張も解けたのか、他愛もない話で彼女の友人が到着するまでの時間をつぶすことができた。
「あ、来たみたい」
入り口に向かって、が小さく手を振る。向こうもを見つけたのか、手を合わせながらごめん、と口を動かし、同席している真人を不思議そうに見る。
友人が来たことを確認すると、真人は残っていたコーヒーを一気に飲み干し、席を立った。
「それじゃ、俺はこれで失礼するよ」
「え?あっ、あのっ」
慌てては真人を引き止める。
これではい、さようなら、というのはあまりにも申し訳ない。
「何かお礼させてください」
「気にしなくていいよ、当然のことしただけだしさ」
「それじゃ私の気が済みません」
真剣な顔で真人を見上げるからは、何が何でもお礼したいという気持ちが伝わってくる。真人が首を縦に振るまで、離す気はないだろう。
少し考えてから、真人が口を開いた。
「じゃあ、今日遭った嫌なことはすぐ忘れるように」
「それ、お礼になるんですか?」
「なるよ」
意外なお礼に驚いたが、真人が心配してくれているのがうれしくなって、笑顔で応える。
「わかりました、それが真人さんへのお礼になるのなら、忘れるように努力します」
「そうしてくれ」
真人はそれを聞くと安心したのだろうか、ひとつ笑顔を浮かべると、すぐ側まで来ているの友人に軽く一礼し、席を離れた。
は自然な動作に見とれていたが、最後にきちんとしたお礼を言っていないことに気付き、慌てて出口付近まで移動していた真人に向かって、立ち上がって声を掛ける。
「あ、ありがとうございましたっ!」
の声に不意を突かれ、一瞬驚いた表情をした真人だったが、の方を振り向き、軽く手を上げながらにっこり笑い返すと、ショップを出て行く。
残されたは力が抜けたように椅子に座ると、さっきまで真人が座っていた席に腰をおろす友人の質問攻めに遭うのであった。
一方、真人が居酒屋に着いたのは、約束の時間を当に過ぎた二十時四十五分。大雪での交通機関麻痺の中、真人以外誰一人として遅刻した者はいなかったという。
もちろん、その場にいた仲間からブーイングを受けたのは言うまでもない。
しかし、スタンレーは後に、皆から罰ゲームを受けている間も、異常に機嫌の良かった真人が不気味だった、と周囲にこぼしたという。
終
いや、とりあえず自分の名前、呼んで欲しかったんだよ。
とは言ってもまだ苗字だけ…。
いつになったら名前で呼んでくれることやら。
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