** サラダグリーンの帰り道 **



  何度もメールして、何度も電話して、季節はいつの間にか桜の蕾が芽吹く頃に移り変わっていた。初めは恥ずかしさも手伝って誘いにくかったデートの誘いも、どうにか自然に出来るようになり、相手のちょっとした癖や行動パターンも把握できるようになって、それらを見つける度に相手のことを知ったとうれしくなる。
  そして、会う度にどんどん好きになっていく。
  だけど……。





  目の前に並んでいるのは、木皿に乗せられたハンバーグにライス、サラダ。所謂ワンプレートディナーというやつだ。ハンバーグのトッピングは、真人はカレーと目玉焼き、はチーズ。ちなみに、真人のハンバーグは三百グラムと通常の二倍の大きさである。サイドメニューに豚汁とお豆腐のサラダ、食後のコーヒーまで注文済みだ。
  お互いに堅苦しい店は敬遠する方なので、夕食をとる店は決まってファミリーレストランや一般食堂、居酒屋などの気軽で誰でも入れるような店が多い。そういう場所の方が会話が楽しいし、何より雰囲気が気に入っている。
  今日も食事と会話を楽しんでいると、あっという間に時間が流れていった。

「いつも思うけど、真人さんって本当に美味しそうにごはん食べるわよね」
「……そうかな? 普通に食ってるだけだけどな」
「見ていて気持ちいいわ」
「それはこっちのセリフだよ」

  は、そんなに美味しそうに食べているのかしら?と疑問に思ったが、真人が最後のハンバーグを口に入れたので、自分も最後まで残っていたサラダのプチトマトにフォークを刺す。
  これで二人とも食後のコーヒーを待つだけだ。

「ほら、全部キレイに平らげただろ?」
「え?」
「見ていて気持ちいい、ってやつさ」

  美味しそうに食べているということではなくて、全部残さずに食べることを言っていたのか、と急に恥ずかしくなる。

「女ってさ、注文するだけしといて、もう食べられない、って平気で大量に残すやつって多いだろ? ダイエットだか何だか知らないけど」
「まあ、確かにそういう人はいるかな」
「そういうの、嫌いなんだよな。だから、さんみたいに最後までキレイに食べてくれると、気持ちいいんだよ」
「そうなのね。びっくりしたわ、大食いを誉められたのかと思ったから」

  そこにウェイトレスが空になった食器を下げに来た。手際良く片付けて、すぐに別のウェイトレスがコーヒーを持ってくる。
  コーヒーを飲みながら、さっきとは違った空気を十分に楽しみ、二人は店を出た。





  人通りも多くない街路樹にさし掛かったとき、真人が思い出したように話し出した。

「そうそう、大食いって言えば、この間ルイがさ……」

  真人にも解らない程微かであったが、の表情が変化した。
  『ルイ』
  いつも真人の会話に出てくる同僚の名前。他にも同僚たちの名前が出てくるが、スタンレーやらボブやら、相手は全て男性である。
  真人の話から真人がルイに特別な感情を抱いていないのが解るし、ただの同僚して普通に会話に出てくることは解っているから、別にルイという個人にヤキモチを焼いているわけではない。
  が真人を好きになっていく度に、何となくすっきりしなくなっていっただけのこと。

「……さん?」

  相槌を打つことも忘れる程、考え込んでいたらしい。横を歩く真人が顔を覗き込んでくる。
  このままこの気持ちを放って置くのは良くない、と判断を下したは立ち止まり、真人の目をじっと見つめた。

「ねえ、真人さん」
「ん?」
「ルイさんのことはルイで、私のことはさんなの?」
「え?」
「私のことは名前で呼んでくれないの?」

  そうなのだ。
  今、は真人の恋人なのである。同僚たちは呼び捨てで、自分はファミリーネームで呼ばれるのがすっきりしない理由だったのだ。
  それを言われた真人は恋人からの難問に固まってしまっている。
  真人とて何度も名前で呼ぼうとしたが、呼ぼうとする度に邪魔が入ったり、照れくささから今まで呼べずにいた。
  しかし、考えてみればこれはチャンスである。が自分から名前で呼んでくれと言っているのだから、何の躊躇もなく名前を呼べるではないか。
  腹を括って大部分を占める照れと恥ずかしさを心の奥に押し込める。

「…………」

  それでも照れくささは隠しきれず、自分でも顔が赤くなるのが解る。
  自分から言い出したにもかかわらず、何故か真人以上に顔を赤らめて固まってしまったのは、の方だった。いきなり呼び捨てにされるとは思っていなかったのだろう。

「い、いきなり呼び捨ては反則だわ、真人さん」
「だって、名前で呼んでくれって言ったじゃないか」
「まさか、そうくるとは思っていなかったもので」

  形勢逆転。

「俺もさん付けなわけ?呼び捨てで呼んで欲しいなぁ。ルイは俺のこと呼び捨てだぜ?」
「う……」

  そこでルイの名前を出すとは。意外と取り引き上手なのかもしれない。
  そーっと真人の顔を覗き込んだが見たものは、悪戯が成功した子供のような真人の笑顔。観念するしかないだった。

「ま……まさ、真人……」

  恥ずかしさでうつむいてしまったの顔が真人の両手で上げられたかと思うと、ゆっくりとの唇に真人のそれが重なる。
  合格、と発した真人の声は、そのままの唇に消えていった。



初ファーストネーム呼び捨て+初チュウ。
真人が何気に女慣れしてるような気がするんですが(汗)。

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