** やきもち ** / 50のお題・13



  悩んだ結果、学生時代の友人たちとの忘年会に出席することにした。毎年恒例になっていて、普段は顔を出さないメンバーもこの忘年会には顔を出すことが多い所為もある。仕事でストレスが溜まっている分、仕事とは関係のないところで発散したかったのかもしれない。





“友人たちと忘年会に行ってきます。10時には帰ります。

(十時、ねぇ)

  置手紙をテーブルに置いて時計を確認すると、すでに十一時を回っている。羽目を外すことはあっても、自分が帰ると言った時間には帰るが、まだ帰ってきていない。
  このところ仕事が忙しいにもかかわらず、飲み会が続いていて体調は万全ではないのは感じていた。良くないことばかり頭を過ぎる。

(迎えに行くか)

  行き先は知っているが、一応、居場所を確認するためのメールを打ちながら部屋を出る。何事もなければ、すぐにでも返事が返ってくるだろう。幸運にも、この部屋からそう遠くはない場所なので、今から出れば三十分ほどでで着くはずだ。
  飲みに行く時は必ずと言っていいほど、どこの店で飲むのかを知らせてくれる。がどこの店で飲もうが彼女の自由で、態々知らせることはしなくてもいいと思うのだが、まさか今、役に立つとは思わなかった。






ちゃん、携帯鳴ってる」
「んー、ありがと」

  テーブルに突っ伏したまま、ごそごそとバッグの中から携帯を取り出す。

「彼氏からだったりして」

  向かい側に座っていた友人たちが冗談交じりにをからかうが、反論する気力もない。いつもならほろ酔い気分でいられる量のアルコールしか飲んでいないはずなのに、疲れが溜まっていた所為か急激な眠気に襲われたのだ。そこからは記憶が飛んでいる。つまり、眠ってしまったのだ。
  メールの内容を見て、慌てて時計を確認する。

「うそ……十一時過ぎてる」
「大丈夫? 三十分くらい寝てたけど」
「多分」

  とは言ったものの、まだ少し眩暈がする。くらくらする視界の中で何とかメールを返信して、辺りを見回した。

「余程疲れてたんだな。もう少し寝てれば?」

  隣に座る男が、の頭にぽんと手を置いて、睡眠を促す。

「うん、でももう起きないと」

  このような場所で眠ってしまうなど言語道断、の中ではかなり有り得ないことだと思っている。疲れていたのは認めるがまさか寝てしまうなんて。早めに切り上げればよかったと後悔するも時すでに遅しである。
  今すぐにでも席を立ちたかったが、これが中々思うようにはいかない。休んだにも係わらず、少し動くとくらくらする。この調子では真っ直ぐに歩くこともできないだろう。

「ウーロン茶飲んで休んでろよ。この調子じゃ、まだまだお開きにはならないからさ」

  いつの間に注文していたのか、運ばれてきたばかりのウーロン茶のグラスを差し出したのは、昔から気が合い、よく連んでいた友人だった。

「相変わらず、つうかあの仲よね」
「そうそう、長年寄り添ってきた夫婦って言うの? そんな感じ」
「ずっとの隣で牽制してんだもん」

  そんな冷やかしのセリフも聞き慣れてしまっているので、二人で軽く流す。それさえもからかいの対象になってしまうほどなのだが、は彼に一度も恋愛感情を持ったことは無い。
  誰も、信じてはくれないが。





「私、そろそろ帰るね」

  ウーロン茶ばかり飲んで、アルコール濃度が薄くなったのだろう、眩暈もかなり治まったのでゆっくりなら自力で歩いて帰ることもできるはずだ。
  最後まで居ろとの声もあったが、先ほどからの様子を見ていては無理に引き止めることもできない。
  帰ろうとすると同時に席を立ったのは、彼。当然のようにを送るつもりのようだ。

「大丈夫。私、一人で帰れるから、まだ居て?」
「一人じゃ無理だって。まだふらついてるじゃないか」
「家まですぐだから、本当に大丈夫よ」

  貸切の個室の障子を開けて出ようとしたとき、段差に足を引っ掛けてしまった。掴まるものもなく、床にキスする覚悟を一瞬で決めたのだが、寸でのところでそれは回避される。誰かがの体を支えてくれたのだ。

「ありがとうございます。助かりまし、た。……っ!?」
『大丈夫か?』
『スタン、なんでここにっ』
『さあ、どうしてだろうな』

  はさっきのメールを思い出した。場所を訊かれただけのメールだったが、まさか迎えに来てくれるなんて思ってもいなかった。約束の時間を大幅に過ぎていたので、心配してくれたのだろうか。嬉しさと、申し訳なさでが頭の中いっぱいに広がる。
  突然現れた金髪碧眼の外国人に、友人らがざわつき始めた。
  そんなことはお構い無しに、スタンレーは覚束ない足取りで立つの肩に手を回して体を支える。

『帰るのか?』
『うん、今丁度帰ろうとしていたところよ』
『ふらついてる』
『……ごめんなさい、飲み過ぎました』
『判っているならいいさ』

  何を言っているのか判らないが、親しげなその様子に、一同が静まり返ってこれから先に起こる何かを期待しているようだ。
  動いたのは彼だった。

ちゃん、知り合い?」

  普段のが見たら、引き攣ってるよとツッコミが入りそうな表情だった。
  が返事をする前に、スタンレーが彼を見据えた。
  普段なら優しい焦茶色の瞳なのだろう、しかし、挑戦的なその瞳はスタンレーの青い瞳とぶつかる。
  スタンレーは瞬時にこいつは敵だと把握する。

「えっと……彼なの。帰りが遅かったから迎えに来てくれたみたい」

  彼という単語に、友人たちが口々に驚きの声を上げる。半数は、は今まで介抱していた彼と付き合っているものだと思い込んでいて、残りの半数は今日を境に二人がそうなるものだと思っていたからだ。それだけ、皆にとって二人の仲は密だったのだ。

が世話になった』
『いや、いつものことだから気にしないでよ』
『これ以上迷惑は掛けられんから、今日はこの辺で帰らせてもらう』

  ほどではないが流暢な英語で返してきたことで、言いたいことが伝えられた反面、彼の口から聞きたくないことも聞かされてしまった。自分が出会うより以前からの知り合い。暗にのことはお前よりも知っているよ、と聞こえるのが不思議だ。

「と言うことだから、今日は帰るね」
「ああ。本当に大丈夫か?」
「大丈夫よ。一人じゃないし」
「気をつけて」
「ありがと」

  それから、座敷に居る友人たちにあいさつを済ませると、スタンレーの隣に身を寄せ、店の出口へと向かう。その間も視線を感じて振り向くと、相変わらず彼からの挑戦的な目とかち合った。ともすれば、はいつでも取り返せると言わんばかりの表情を浮かべているのが癪に障る。
  タイミングよく、ふらついたを抱き上げて、抗議のセリフを吐かれる前に己の唇で彼女の口を塞いだ。

『体調も気にせず飲み過ぎた罰だ』

  こうなると何も言えない。は恥ずかしさを隠すように、スタンレーの胸に顔をすり寄せる。
  スタンレーはちらりと彼の方を見ると、思っていた通りの苦虫を噛み潰したような顔で睨んできた。

『俺のモノだ』

  彼がしっかりと理解できるように、ゆっくりと、唇だけを動かす。にやりと口の端を上げて、は俺のモノだと彼に叩き込む。

(虫は刺される前に退治しないとな)

  とりあえずは、彼との関係を全て包み隠さず話してもらうことに決めた。いつ彼が本性を現し、強硬手段に出るか判らないのだ。知っておいた方が何かと役に立つだろう。肝心のは何もないと一蹴するだろうが、それではこちらの腹は治まらない。どんな手を使って、口を割らせるか。別の意味で楽しませてもらおう。

『何だか、楽しそうなんだけど』
『色々と覚悟しておけよ』
『?』

  スタンレーの優しさに浸ることができたのは、家に着くまでの間だけ。その後に起こる出来事に、スタンレーが覚悟しておけと言ったの意味がやっと身に染みたであった。




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ヤキモチ焼きスタン。

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