** ここにいたい ** /
50のお題・50
クリスマスパーティーと忘年会、どちらにも欠席の連絡を入れる。欠席するにあたってブーイングを受けたが、ここで倒れては後々の仕事が大変なことになるのだ。とにかく、少しでも仕事を減らして、体力も回復しておきたいところ。
忙しさで後回しになっていた事案から片付けていく。他に残業しているのは二、三人で、と同じく黙々と自分の仕事に集中しているので、部内は昼間には気にならなかったキーボードを打つ音がカタカタと耳に響く。
(終わったぁ)
ふう、と一息ついて、椅子に座ったまま伸びをする。凝り固まった背中の筋肉からキシキシと音が聞こえてきそうで、随分長い間ディスプレイとにらめっこしていたのだと気付かせる。
ふと周りを見渡すと、一人きりになっていた。同僚たちは先に帰ってしまったのだろう、そういえば、お先に、と何度か言われた気がする。
時計を見ると二十二時を過ぎているではないか。予想以上に時間が掛かってしまったことに落胆するが、残っていた仕事がひとつ片付いただけでも大分楽になるだろう。それだけでも、残業した甲斐があるというものだ。PCの電源を切り、帰り支度を始める。
「まだ居たのか」
誰も居ないはずの室内で急に声を掛けられて、はびくりと身体を揺らす。声の元を探すように後ろを振り向くと、そこには良く知った人物が立っていた。
「高城大佐……びっくりさせないで下さい」
「驚かせたか。すまなかった」
高城洋一。
連邦軍ではドルバック隊を編成させた人物として、有名な大佐だ。
「こんな時間まで仕事か?」
「取り返しがつかなくなる前に、終わらせたい仕事がありまして。大佐は情報部に何かご用でしたか?」
「ああ、資料を返すだけだ。すぐ済む」
そう言うと、奥にある資料室へ入って行き、言葉通りにすぐに戻ってくる。
「今から帰るのか」
「はい」
「送ろう」
「……いいんですか?」
高城の予想外のセリフに、は思わず言い返してしまう。こんなことは今まで有り得なかったこと。二人の他に誰も居ないのが、そうさせたのだろうか。
「それではゲートの外で、待っています」
判った、と頷いて、高城は情報部を出て行った。
軍のゲートから少し離れた街路樹の前で、高城を待つ。いつもなら人気も疎らで寂しげな通りなのだが、街路樹に飾られたイルミネーションの効果なのだろう、薄明かりの中で愛を語らう恋人たちが数組見受けられる。いつもなら羨ましく感じてしまうその光景だが、今はそんな感情は微塵もなく、ただこれから高城に会えるというだけで心臓が早なるのだ。
す、と一台の車がの前に停車する。高城の車だ。助手席側のドアが開く。
「どうぞ」
中から促されて、はするりと助手席へ乗り込んだ。
高城といえば、髭とサングラスがトレードマークになっている。流石に今は外しているが、こうしてサングラスを外した高城を見ることができれば、その日はラッキーな日になると噂が立つくらいだ。
じっと見つめられたのが気に掛かったのか、右手で顎を撫でる。
「俺の顔に何か付いているか?」
「いいえ、付いているんじゃなくて、付けてないので、つい」
「付けていない?」
「知っていましたか? 高城大佐のサングラスを外した顔を見ることができたら、ラッキーになれるって」
「何だそれは」
「それだけ、珍しいってことですよ」
納得いかないような表情を浮かべるが、すぐにいつものポーカーフェイス。自分はこんなにもドキドキしているというのに、その余裕が憎らしい。
「、今日は、」
「二人きりのときはって呼んでくれると嬉しいです」
悔しいので反撃してみる。
「そういうも、二人きりのときは大佐じゃないだろう」
「そうでした」
見事なカウンター。これでダウンしていては女が廃る。
反撃の頃合を頃合を計りつつ、久しぶりの二人きりの時間を楽しむことにした。
二人きりの時間はあっという間に過ぎ、高城の車はのマンションの前に着けられる。
反撃するには今しかないと、は羞恥心を無理矢理心の奥底にしまい込む。恥ずかしさで耳まで真っ赤になっているのは自分でも判っているが、幸い車の中はそれが見て取れるほど明るくはない。
「洋一さん、クリスマスプレゼントのことですけど」
クリスマスプレゼントというキーワードに一瞬反応した高城は、少々バツが悪そうにの方を伺う。
「すまない、クリスマスプレゼントは……」
忙しい高城にクリスマスプレゼントなど端から期待はしていないと言ったら、彼は怒るだろうか。
すかさず高城の頬を両手で押さえ、唇を重ねる。
「一足早いクリスマスプレゼント、ありがとうございました」
してやったり、の笑顔を浮かべて、は何事もなかったように助手席から出ようとした。これ以上ここにいては、心臓が持たない。
からのキスに驚きと衝撃を受けたのか微動だにしなかった高城だったが、行動に移すのは早かった。車のオートロックをかけ、車を発進させる。
急な展開に、今度はの方が驚いた。
「あの、洋一さん、私、まだ降りていないんですが」
「知ってるさ」
「どちらまで……?」
恐る恐る行き先を尋ねる。
「いや、俺へのクリスマスプレゼントがまだだと思ってな」
再反撃も叶わず。
またもやカウンターを食らって、ダウン寸前まで追い込まれるであった。
終
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