** 夏の宵 **



  月明かりのない夜空に色とりどりの美しい花が咲き乱れ、対の川面にも映し出される。一瞬で花びらが消えると、儚げな灯篭の光が優しく揺れて流れていく。慰霊の意味を込めて始まったこの夏祭りも、今年で二回目になる。花火が上がる度にそれを見上げる人々の顔がフラッシュを浴びせられたかのように浮かび上がり、誰もが顔に笑みを浮かべ夏ならではの花見を楽しんでいるようだ。
  一緒に来ている真人やルイ、ジャッキーにボブまでもが、去年よりも大きく、派手な花火に興奮気味である。だが、が密かに涙を零したのを、スタンレーは見逃さなかった。





  夜店を一通り回り、好きなだけ食べ、好きなだけ遊んだ一行。祭りに夜店など真人と以外のメンバーは初めての体験で、見るもの触るもの全てが新鮮なものなのだろう。子供のようにはしゃぐジャッキーや、興味深々に真人の説明を聞くルイを見ているだけで、は嬉しくなってくる。来て良かった、と自然に笑みがこぼれる。
  人もまばらになってきたところで、ルイの様子がおかしいことに気がついた。明らかに歩くスピードが遅くなったのだ。

「ルイ、どうかしたのか?」

  が声を掛けようとしたその時、スタンレーもルイの異常に気がついたのか彼女に歩調を合わせて尋ねる。何でもない、と否定しているようだが、明らかに無理をしているのは判る。真人もルイを振り返って、心配そうに様子を窺う。

「食い過ぎて腹痛くなったとか?」
「そんな食べ過ぎなんて、真人みたいなことしません」

  ゆっくりと歩くルイを見て、が真相に気付いた。 左足を庇いながら歩いているではないか。

「ルイ、足が痛いんじゃない? 下駄、初めてって言ってたでしょう」

  図星だったようで、ピタリと歩くのを止めると小さく俯いてしまった。
  ルイにとっては初めての浴衣と下駄。浴衣は何とかなっても、下駄は慣れていないと鼻緒で足を痛めてしまうのも無理はない。
  実は皆で夏祭りに行くことが決まったとき、「浴衣姿の女の子は可愛い」という真人の一言で、ルイとは浴衣で参加することになったのだ。好意を寄せている相手がそんなことを言っては、拒否などできるはずもない。以前からは、ルイが真人に特別な感情を持っていることに気が付いていたし、周りの皆も気付いていると踏んでいる。恥ずかしさからなのか、真人への好意を否定しつつも、何かと真人の言動が気になってしまう、そんなところも年頃の女の子らしくて可愛いと思っている。当の真人はそんなルイの感情に気付いているのかいないのか、はたまた気付かない振りをしているのか、現状は暖簾に腕押しと言ったところで、二人の仲が中々進展しないのがには少しもどかしかったりする。
  そんな真人の態度には歴とした理由があるのだが、は知る由もない。

「気付かなくてごめんね。少し、座って休みましょう」
「うん、ごめんね、みんな」
「なぁに、丁度休みたいと思ってたところだ」
「ありがと、ボブ」

  スタンレーとに支えられながら、ルイは近くのベンチへと腰を下ろした。はそっとルイの傷付いた左足を見て、静かに下駄を脱がせた。

「これは相当痛かったんじゃない?」

  真人が覗き込んで同意する。鼻緒の触れる部分が赤く腫れ、血が滲んでいる。これでは歩くこともままならないだろう。楽しい時間を自分の怪我のせいで台無しにしてしまったことが辛いのか、怪我をした足が痛いのか、ルイは涙を堪えているようだ。そんなルイを励ますかのように、ボブが明るい声を掛けた。

「おお、もうこんな時間か。そろそろ祭りも終わるようだし、この辺でお開きにするか」
「私はここで待ってるから、みんなはまだ楽しんできて、ね?」
「僕たち、十分楽しみましたよ。綺麗な花火や灯篭も堪能しましたし、美味しいものたーくさん食べましたし。それに、ルイさんが欠けたら、楽しさも半減しちゃいますよ」
「ジャッキー……」

  結局、ボブが提案したとおり今日はここでお開きということになった。

「じゃあ、真人、ルイのことお願いね」

  予想外のセリフがから出たことに、真人が一瞬固まる。あわよくば、自分がを送って行くつもりだったのだ。

「へ?」
「だって真人とルイは帰る方向一緒でしょう?」
「スタンレーも同じ方向だろ」

  慌ててスタンレーを巻き込むが、何故かアウェーで一人奮戦しているような状況になっている。真人がルイを送っていくのが当然とばかりに、ジャッキーやボブまでもが口を挟んでくる。

「スタンレーさんもルイさんを送っていったら、誰がさんを送って行くんですか」
「っ、それは、お……ボブとかジャッキーが」
「おいおい、俺とジャッキーは深夜出勤だからここから直接基地へ向かわなきゃ間に合わないって言っておいただろう」

  だからと言って何故がルイの同伴にスタンレーではなく自分を指名したのか。自分よりスタンレーと一緒に居たいのかと、あらぬ妄想が真人の頭の中を駆け巡る。
  としてはただルイの心情を汲んだだけなのだが、珍しく引き下がらない真人に少々驚きを隠せない。しかし、あまり無理強いするのも気が引ける。

「じゃあ、真人とスタンレーがルイを送って行って? 私の家はここから近いし、一人でも大じょ……」
「大丈夫じゃないだろう。は俺が送って行く。異論はないな?」

  少々被り気味にスタンレーがの提案を却下し、強引に事を進めてしまった。
  真人は何か言いたそうにしているが、ここで異論を唱えればルイはもちろん、にも不審に思われて彼に対する心証は悪い方へと傾いてしまうだろう。別にルイを嫌っているわけではないし、怪我のことだって心配ではある。とスタンレーが二人きりになることを考えると、嫉妬の炎で身体中の血が沸騰しそうになるが、ルイを送って行くことが嫌だというわけではないのだ。
  真人は小さく溜息をついて、気持ちに踏ん切りをつけるかのように、くるりとルイが座るベンチへと体を向ける。

「じゃ、帰るとするか、ルイ」
「え、ええ」

  ルイは真人が差し出した手に、複雑な笑みを浮かべて自分の手を重ねた。





  真人とルイ、ボブとジャッキーはそれぞれ別の道をそれぞれの目的地へと向かって行った。残されたスタンレーとは四人の姿が見えなくなるまで見送り、さっきまでルイが座っていたベンチに揃って腰を下ろす。

「疲れたか?」
「ちょっとだけ。人に酔っちゃったかな」

  賑やかだった川辺の公園内もやっといつもの静寂を取り戻しつつあった。祭りの余韻に浸っていると、まだ川面にぼんやりと灯篭の光がちらほら流れて行くのが見える。お互い無言のまま、しばらくそれを眺めていたのだが、沈黙を破ったのはスタンレーだった。

「まだ、あいつのことを思い出していたのか」

  静かでいて、それでいて激情をぶつけられているような声に、はびくりと体がはねる。スタンレーに泣いていたところを見られていたことに、そこで初めて気付いた。スタンレーを相手に白を切り通せるとは思えないが、万が一誤魔化しきれるかも知れないとささやかな抵抗をしてみる。

「あいつって?」
「言わせるのか、俺に」

  その一言で、は抵抗を止めた。ずっと隠してきたはずの恋情を、その相手も、スタンレーは全て知っているのだ。何故彼が知っているのかという疑問より、どこかでほっとしている自分に混乱する。

「……」
「そんなに、好きだったのか」
「好き、よ。今でも」

  過去形ではなく、現在進行形だということに、スタンレーは眉を顰める。彼が戦死してからすでに四年になる。にとってそれほど大切な男だったのかと、改めて衝撃を受けた。

「忘れるなんて出来ないし、好きという感情はずっとなくならないと思う」
「これから、ずっと?」
「そう、ずっと」

  の一方的な恋だと思っていた。ほとぼりが冷めるまで、が隙を見せるまでと時間を掛けたのがいけなかったのか、彼女と男の間は徐々に縮まり、そして、男が戦死したことによって一気に引き離された。彼女の心に男の存在は、色褪せぬままいつまでも在り続ける。それが残された者にとって、どれだけの苦悩を植え付けることになるのか。理不尽だとは思っていても、が哀しげな顔をする度にスタンレーは死んでしまった男に対して嫉妬以上の怒りを感じるのだ。
  そこに、が追い討ちをかけるような言葉を吐露する。

「彼は私を見ていなかったけど、ね」
「何故そう思う」
「判るわよ。ずっと見てたんだもの」

  それは、スタンレー自身にも言えることだ。を見ていたからこそ、彼女がひた隠しにしてきた心に気付いてしまったのだから。
  は静かに、ゆっくりと閉じていた心を開いていく。

「お盆でこっちに帰って来られると知ったら、彼は真っ先に彼女のとこ向かうんだろうなって。私はただの都合のいい女で、好きだと言ってくれたのも、優しくキスしてくれたのも、偽りごとだったのかなって」
「死人に口なし、だ。今となってはがあいつにとって都合のいい女だったかどうかなんて、あいつにしか判らんだろう。他に女がいたと言うのも、あいつの口から聞いたのでなければ気にする必要はない」
「……」
「今でもあいつのことが好きなら、が見たこと、聞いたことだけを信じればいいんだ。死んでからとやかく言うのはフェアじゃない。それに、は好きでもない女を抱けるような最低な男を好きになったのか?なら、に男を見る目がないだけだ。悪い男に騙されたと諦めるんだな」
「もう、スタンは容赦ないなぁ」

  下手に優しく諭されるより、こうしてずけずけと言われた方が心に響いてくるのは何故だろう。

「あいつのことを忘れろとは言わない。嫌いになれと言うつもりもない」
「スタン?」
「俺が言いたいのはただひとつだ。……前を向け」

  彼の死を自分の中で昇華できなかった理由が、今初めて判った気がした。過去ばかりを見て彼との想い出に浸りながら、自分に都合のいい言い訳を作り出して無理に忘れようとしていたのではないか。綺麗さっぱり忘れることができれば、これ以上悲しまずに済む、と。しかし、愛した男を忘れることなど、容易にできることではない。
  の心は限界ギリギリだったのだろう。でなければ、人が大勢いるような場所で涙など出ないはずだ。心の内に隠し続けていたものがあることを、ずっと誰かに気付いて欲しかったのかもしれない。その相反した気持ちを唯一察知できたのが、スタンレーだったのだ。

「……前に進むことはできるかな」
「今のままでいることを、あいつが望んでいると思うのか?」
「痛いとこ突いてくるわね」
「判ってるじゃないか」
「じゃあ、前に進めずにいたら、スタンが助けてくれる?」
「いつでも」
「……ありがとう」

  は頭をスタンレーの肩に預けた。いつの間にか、灯篭の灯りは一つもなくなり、川面は風が揺らす細波が立つだけであった。





「じれったいですよね」
「そうだなぁ」
「あれ、絶対さん気付いてないですよね」
「全くだ。真人然り、然り、日本人ってのは恋愛に関して鈍いのか?」
「というか、みんな慎重すぎるんですよ。好きなら好きってどうして言えないかな」
「まあ、大人の事情ってやつだ。こういうのはなるようにしかならないんだよ。周りがどうこうすればするほど、空回りするだけだ。しかし、今回はが真人に振ったからなぁ……俺たちは真人にルイを送るように促すしかなかったが」
「はぁ……こっちの身にもなって欲しいですよ」

  帰りの車の中で、ボブとジャッキーが話題にするのは彼らのこと。

「でも、誰も傷付かずに、ハッピーエンドになるのは難しいんですね……」
「ほお、ジャッキーも大人になったもんだな」
「僕、もう十九になるんですよ、いつまでも子供扱いするのやめて下さいよ」
「ははは、そうだな。悪かったよ」

  親子ほど歳の離れた友人二人は、仲間の恋愛事情を憂いつつも、暖かく見守ることを決意したのだった。






ルイ → 真人 → さん ← スタン  な関係。
ちょっとルイが不憫なのに関しては、目を瞑って頂けると助かります…。
スタンが新任当初、キツイこと言ったのには何か訳でもあるのでは?と、
妄想した結果がこれですよ(苦笑)

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