** 終わりの次 **



  暖かい部屋に、コタツ。ぬくぬくと心地良いはずのそこに、目に見えないブリザードが吹き荒れる。決して広いとは言えない部屋でガタイの良い男が二人、コタツを挟んで無言のまま睨み合っているのだ。ある意味シュールな光景だ。
  男のうちの一人は真人、もう一人をスタンレーという。二人を知る者がこの状況を見たなら、関わってはいけないと回れ右で即行立ち去ったであろう。

「何でお前がここにいるんだよ」
「それはこっちのセリフだがな」

  不貞腐れた表情で面白くなさそうに真人が問うと、いつもより格段に低く怒気を含んだ声でスタンレーが言い返す。正に、一触即発。 この状況を招いた張本人は、そんなことになっているとは露知らず、鼻歌交じりで鍋の用意をしているのだった。





「それだけしか食べないの?」
「身体を絞ってるんだ。最近デスクワークばかりだったからな」

  昼休み、食堂でたまたま一緒になったスタンレーと
  は、スタンレーのランチの量の少なさに驚いた。身体を絞っているからとはいえ、女の自分よりも明らかに少ない。しかし、相手はスタンレー。足りない分は他のもので補給しているだろうし、素人の自分が口を出すことではないというのは重々承知しているのだが。

「毎日、その量なの?」
「いや、トレーニングができなかったときだけで、普段は普通の量だ」
「そっか」

  スタンレーとしては、これ以下の食事量で何日も耐えられるような訓練も受けてきているし、我慢をしてまでこのような食事をしているわけではない。息抜きにアルコールを摂ることもあるし、疲れているときは甘いものも口にする。その逆で、忙しくて一食抜きになることもある。
  心配そうにスタンレーの顔をじっと見つめてくるに、彼の心臓が軽く跳ねたのは、自分のことを思ってくれているのが嬉しいからに他ならない。そんな感情を落ち着けるため、フォークをサラダに突き刺したときだった。

「今晩、空いてる?」

  落ち着くどころではない。動揺を隠しつつ、辛うじて肯定の返事をする。

「じゃあ、うちでご飯食べない? 久しぶりにお鍋食べたくなっちゃった」
「鍋?」
「一人でお鍋すると余っちゃうんだよね。スタンレーが一緒だったら、作り甲斐もあるし」

  今日は寒いからお鍋は温まるよ、と嬉しそうに笑顔を浮かべるの誘いを断わることなど出来ようか。
  ん家で鍋パーティー、開催決定。スタンレー・ヒルトン、参加決定。





  通用口で思いがけなく真人と鉢合わせた。いつもなら明るく笑顔で応えてくれるのだが、今日は明らかに声のトーンが低く、無理に笑顔を作っているような違和感がある。体調でも悪いのかと少し気になって声を掛けた。

「何だか、元気ないような気がするんだけど、疲れてる?」
「そんなことは……あるかな」

  普段と同じように話をしたはずなのに、少しの変化も見逃さずに声をかけてくれるは、真人にとって特別な女性に他ならない。彼女に対しては、誤魔化したところで余計な心配をかけるだけだと知っているので、つい本音を漏らしてしまう。

「実はさ……」

  聞けば、キャリバー隊に配属されたばかりの新人が問題を起こしたらしく、対応に追われていたとのこと。
  ふと、沈黙してしまった真人に目を向けると、何やら言いたそうな顔でこちらを見ている。どうしたのかと、は真人を見上げながら首を傾げた。

「真人? どうかしたの?」

  に声を掛けられて、真人ははっと我に返る。と帰りが一緒になることは稀である。ここはチャンスとばかり、意を決して食事に誘おうかなどと考えていたのだ。彼女は笑みを浮かべて自分からの言葉を待っている。

「あ、いや、何だ。……腹減ったなぁって。何か食いに行かない?」
「じゃあ、うちで食べない? お鍋する予定なの。疲れてると、外で食べるの億劫でしょ」
「い、いいのか?」
「もちろん」

  買い出しに付き合ってくれると助かるんですけど、と想いを寄せる相手にお願いされては、真人に断ることなど出来ようか。
  ん家で鍋パーティー。無限真人、参加決定。





  真人とスタンレーはてっきりと二人きりでの食事だと思っていただけに、目の前にいる男の存在がはっきり言って面白くない 誘ってきたが「一人くらい増えてもいいわよね」などとあっけらかんとしたものだったので、露骨に反対するわけにもいかないし、喧嘩などしようものならの手料理はお預け、しばらく口もきいてもらえなくなるのは想像がつく。そこまでのリスクを負ってまで喧嘩するなど愚の骨頂だと二人とも理解している。
  このまま睨み合っているわけにはいかないので、真人はスタンレーの後ろにあるブックシェルフへ視線を移した。本やCDが綺麗に並べられ、空いたスペースには可愛い置物やぬいぐるみ、フォトフレームが飾られており、改めての部屋にいることを実感させた。今更ながらドキドキしてしまう。が、フォトフレームに飾られた写真がはっきり見えたとき、真人の心臓は別の意味で心拍数が上がってしまった。
  フリーズしてしまった真人を不審に思ったのか、スタンレーが真人の視線を追う。そこには、見知らぬ男と腕を組み、幸せそうな顔で笑みを浮かべるの写真があった。これにはスタンレーも驚きを隠せずにいる。

「できたわよー」

  がキッチンから顔を出した。スタンレーは何事もなかったように、を手伝うためにキッチンへと向かったが、真人はショックで咄嗟に動くことができずにいる。

(にはもう決まった相手がいる?)

  真人の妄想は膨らむばかりだ。スタンレーもに想いを寄せているのは明確なのに何故平然としていられるのか、不思議でならない。ぐるぐると色々な思いが頭の中を駆け巡り、行き着いた結論が「写真の男はの兄弟」。一時的な逃避は成功したようである。
  真人が手伝う間もなく、目の前には、ぐつぐつと煮える鍋が美味しそうな湯気をあげながら卓上コンロに乗せられ、呑水や箸、レンゲなどが用意されていた。真人の左隣、スタンレーの右隣にが腰を下ろす。

「じゃあ、いただきましょう」

  が手を合わせると、真人とスタンレーも同じく手を合わせる。

『『いただきます』』
『はい、いただきます』

  スタンレーも慣れたもので、や真人と一緒に食事をするときは「いただきます」「ごちそうさま」を欠かしたことがない。

「お口に合うかどうか不安だけど、どうぞ召し上がれ」

  この二人に関しては、が作ったものならどんな料理だって美味しく頂けるだろう。若干の憂慮を胸に抱きつつ、鍋パーティーの夜は更けてゆくのだった。





「だ〜か〜ら〜、二人とも早く彼女作んなさいって言ってるの〜」

  一体いつからただの飲み会になってしまったのだろう。ワイン三杯で虎と化しているに一抹の不安を覚える。が下戸だと初めて知った。そういえば、酒の席でもアルコールは飲んでいなかったような気がする。

「判った、判ったから膝に座るな」
「あ、判ったって、スタン、実は彼女いるんでしょ」
の言う彼女っていうのがいるんなら、わざわざここには来ないだろ」
「そっか〜。彼女がいたら、ちゃんとごはん作ってくれるもんね〜」

  スタンレーの膝にちょこんと座り、絡む。それを面白くなさそうに見ているのは真人だ。あからさまに不機嫌だと判るようなオーラを出している。

「こらこら、真人クン、そんな仏頂面してると、彼女できないよ〜?」

  ターゲットが変わったようだ。スタンレーの膝から降りると、四つん這いになって真人の方へ向かってくる。

「仏頂面はスタンの専売特許なんだから、とっちゃだめよ〜。真人は笑顔が素敵なんだから、ニコニコしてなくちゃ〜」

  さらりととんでもないことを口にしたかと思ったら、今度は胡坐で座る真人に跨って向かい合わせに座り、彼の口角を指で押し上げる。

「うーん、真人もスタンも顔もスタイルも性格もいいのに、どうして彼女できないのかしら〜」

  まじまじと真人の顔を覗き込んで、真剣に悩む
  「のせいだろ」と心の中で突っ込む当事者二名。

「ああ! もしかして、女に興味がないとか、そういうことなのっ?」

  突拍子もないことを言い出して、流石のスタンレーも頭を抱える。あらぬ方向に話が膨らんで、修正が困難になることは避けたい。

「待て、。スタンレーはともかく俺は女が好きだぞ」
「ふざけたこと言うな。悪いが俺もストレートだ」
「なんだ〜。残念。二人のこと応援しようと思ってたのに〜」
「「しなくていい」」

  ここで真人が反撃に出た。酒の力を借りて、探りを入れる。

「つーか、俺たちに彼女作れって言うくらいなら、はどうなんだ? 彼氏とかいるのか?」
「彼氏はいないけど〜」
「いないけど?」
「好きな人ならいるもんねー」

  スタンレーがはっとした顔で余計なことを訊くなと真人を睨むが、真人は真人で、好きな人 = 写真の相手と勝手に結び付けて、再びショックを受けているようだ。しかし、ここで引き下がっては男が廃る。グラスに残っている赤ワインを一気に飲み干し、徹底抗戦する構えだ。

「じゃあ、その好きな人とやらに告白なんかしちゃったらどうだ? いい返事貰えるかもよ」
「無理」
「は?」
「この世のどこ捜したっていないんだよね〜 随分前に死んじゃったから」
「……悪い」
「あはは、いいのいいの。真人は知らないことだもの」

  は笑っているものの、訊いてはいけないことを訊いてしまったと、自分の軽率さを悔いる。が真人の首に腕を回してきた。

「?」
「と、いうことで、新しい恋を探すことにしました」
「あ、ああ」
「真人、私のこと、好き?」
「!」

  スタンレーが咽返り、真人は今日何度目かの硬直を体験する。

「私は好き〜」
「へ? いや、俺も好きだけどさ、ちょっ……」

  にへら〜と笑みを浮かべて、真人へキスしようと顔を近づける

「ストップ」

  あと数センチというところでの唇は真人のそれではなく、いつの間にか移動してきたスタンレーが挟んできた雑誌へとキスすることになった。

「ちっ」
「ちっ、じゃない。も酔い過ぎだ。いい加減に……っ?」

  真人へのキスを邪魔されたは再びターゲットを変え、今度はスタンレーに絡み始めた。真人に跨ったまま身を捩ってスタンレーの顔を両手で挟むと、じっと彼の瞳を見詰めてくる。

「スタンは私のこと好き?」
「……嫌いなら今ここにいない」
「じゃあ、スタンと両想いだね〜。私も好きよ」

  迷うことなくスタンレーにキスしようとする

「はいはい、ストップストップ」
「ちっ」
「誰がさせるかよ」

  真人がを抱き締めるようにして、スタンレーから遠ざける。

「お前、今舌打ちしただろ」
「さあな」
「……、少し酔い覚ませよ」

  の身体を起こそうとするが、完全に身体を真人へ預けているようで、上手くいかない。

? ……寝てる」
「絡んだかと思ったら今度は寝落ちか」
「明日になったら、全部忘れましたってオチ付きだろうな」
「……二度とアルコールは持参しないことにするよ」

  何を隠そう、今回ワインを持参したのはスタンレーである。まさか、がこれほどまでにアルコールに弱いとは思っていなかったのだ。
  スタンレーは自分の失態に溜息をつくと、真人から引き離すようにを抱き上げて隣部屋のベッドへと運ぶ。さもを運ぶのは当然だというようなスタンレーの態度にイラついたが、こういうことをスマートにできるのは正直、感心してしまう。
  隣部屋から戻ってきたスタンレーは元居た席に腰を下ろした。

「……寝たか」
「ああ、朝まで起きないだろうな」

  少々気まずい雰囲気だったが、スタンレーが真人のグラスにワインを注いだのをきっかけに、いらぬ緊張は解けていった。自分のグラスにもワインを注ぎ、口へと運ぶ。

「あの写真、どう思う?」
じゃないだろ。そっくりだが、別人だ」
「マジで?」

  真人は勝手に私物を触ることを心で詫びながら、写真をじっくり見入る。確かに、フレームの中の女性はにそっくりだが、微妙に違う。少し、よりも年を取っているように見える。遠目ではにしか見えないが、よくよく見ると全くの別人だ。真人は、ほっと胸を撫で下ろした。

「ホントだ。 じゃない」
「多分、の母か姉妹か……だろうな」
「……お前の観察眼、すげぇ」

  観察眼と言われればそうなのかもしれないが、隣に映っている男があの男ではなかったので、別人だと判断できたところもある。

「で、スタンレーはの相手のこと、知ってたのか?」
「何故そう思う」
「『俺は知らないこと』って言ってただろ」
「ああ。お前は鈍いと思っていたが、意外と鋭いな」
「一言多いよ」
「知っていたというより、知ってしまったってところだな」
「……ふうん」

  真人は何か考え事をしているのか、真剣な表情を浮かべてトントンと指でコタツの天板を叩く。暫く沈黙が続く。

「なあ、もしかして、の好きな奴ってさ……ああ、やっぱりいい」
「途中で話を切るな」
「いや、前に見たことあるんだよな。がさ、腕組んで歩いてるのをさ」
「……」
「まさか、とは思ったけど、そうだったんだな。……でも、あいつには……」
「誰のことを指しているかは敢えて訊かんが、はまだそいつのことを好きだということだ」
「はぁ……四年経ってるんだぜ? あいつ、どんだけ愛されてんだよ」
「降りるか?」
「冗談だろ。があいつより俺のこと好きになればいいってだけの話だ」
「随分と自信があるんだな」
「スタンレー、お前には負けないぜ?」
「はっ、俺に勝てるとでも?」

  宣戦布告。 虎を手懐けるのは果たしてどちらか。そんなことになっているとは露知らず、はぐっすりと夢の中を漂うのであった。






過去から今へ、踏み出したさんです。
でも、過去は過去のものとして、切り捨てたのではないのです。

to HOMEto Dream TOP