** 罰ゲーム ** / 50のお題・33



  スタンレーがそれを思い出したのは、本当にふとしたきっかけ。偶々寄ったコンビニの棚のひとつが、ホワイトデー一色になっていたということ。
  スタンレーは青と白で飾られた棚に並ぶ品物に一通り目を通しながら、一ヶ月前にジャッキーからホワイトデーについて詳しく教えてもらったことを思い出した。
  確か、バレンタインデーに貰ったチョコレートは二十個以上。しかし、出所がはっきりしているのは、ルイとの二人だけ。他のチョコレートに関しては、名前はあるものの本人の顔が判らなかったり、名乗りもなく無理矢理渡されて顔も覚えていなかったりする。興味のないものに関しての記憶力は、人並み以下ではないかと疑う人間が現れないのが不思議なくらいだ。それらのチョコレートはなんだかんだと、ほとんど同室の真人や用事で部屋を訪ねてきたジャッキーの胃に消えてしまったのだが。
  ルイに関しては仕事仲間、に関しては腐れ縁ということで、何か返しても罰は当たるまい。
  結局、コンビニの品物には目もくれず、後日偶々通りかかった紅茶専門店で二人分のお返しを買ったのだった。





  ホワイトデー当日。
  シンプルにラッピングされたそれは、まずルイの手に渡された。
  お返しを貰えるとは思っていなかったのか、一瞬大きな目を益々大きくさせて驚き、次に複雑な表情を浮かべる。

「ありがとう、スタンレー」
「その様子じゃあいつからはまだか」
「余計なお世話です」

  スタンレーと同室であるルイの本命は、こういったことに全く無関心のようだ。それでもルイにとっては、大切な男に違いない。
  彼女の根気強さに感心しながら、スタンレーは次に渡すべき相手の元へと向かった。





「珍しいわね? スタンが私を捜すなんて」

  そう笑うは、いつも通りで。
  スタンレーが小さなペーパーバッグを渡すと、満面の笑みに少しばかり怪訝そうな表情を浮かべてそれを受け取る。

「ありがと、スタン。まさか、これ、スタンの手作りクッキーとかじゃないわよね?」
「ご希望なら作って差し上げますが?」
「………想像しちゃったじゃないの。あなたの冗談は怖いから止めてよ」
「残念」

  相変わらずの会話に、スタンレーも体の力が抜けていく。
  そういえば、と、が顔を上げる。

「宿題はできた? 今日が期限よね」
「そうだったな」
「じゃあ、答えを聞かせて」
「降参だ」
「即答ね」

  はいたずらを失敗したときの子供のような表情を浮かべて、肩を竦ませた。

「答えは簡単。皆のチョコとは違うこと、『義理』ってことよ」
「それなら問題ミスだ。義理チョコはのものだけじゃなかったからな」
「私のだけじゃなかった? ……あ、ルイね?」
「全部が義理だったということも考えられるが」
「……それ、本気で言ってるなら、一から女心を勉強しなくちゃならないわよ、スタン」

  は呆れた声で、スタンレー相手に勉強を促す。
  一ヶ月前のバレンタインに、どれだけの女性がスタンレーに想いを伝えようと勇気を振り絞ったことだろう。特にこのスタンレーという男は、周囲の人間達にはとっつきにくい印象を持たれている。クールで無愛想、口から出る言葉は何かしらの棘を感じる、らしい。に言わせれば、それはただスタンレーが不器用で自分の心に素直なだけで、周りが言うほど冷たい人間ではないのだが。
  少々納得いかないと、首を傾げると、何かを企んでいそうなブルーの瞳と目が合った。

「というわけで、罰ゲームはなしだ」
「仕方ないわね。今回は問題ミスということで」
「問題ミスと言うより、問題も答えも不確定のものを出したのミスだろう」
「かわいくなーい」
「かわいいと言われて喜ぶ男がいるのか」
「はいはい、私のミスです。素直に認めましょう」

  は両手を軽く上げてお手上げのポーズをとった。

「それじゃあ、が罰ゲームだな」
「どうしてそうなるのよ」
「もちろん、不確定な問題で一ヶ月も俺を悩ませてくれたんだ、当然だろう」

  さも当たり前だと言うように、スタンレーの口から出た言葉は自信に満ちている。しかも、楽しいのか普段は見せないような笑顔まで浮かべているではないか。真人がこれを目撃したら、逆に怖がって近付かないかもしれない。
  いつの間にかスタンレーの都合が良い方へと話が進んでいるのが、は口惜しい。

「絶対一ヶ月も悩まなかったでしょう? スタンが嘘ついたから、罰ゲームは無効よ」
「俺が嘘をついたと? 証拠はあるのか?」
「あるわ」

  が思わぬ反撃に出たことが、楽しいらしい。スタンレーの笑みは益々深くなっていく。
  も黙って大人しくスタンレーに丸め込まれるわけにはいかない。スタンレーのことだ、罰ゲームとなればとんでもないことを要求してくるはずだ。

「証拠は私。スタンとどれだけ長い付き合いだと思ってるの? 行動パターンくらい、把握できてます」
「……」

  半分ハッタリ、半分確信。あとはの自信だけの証拠。
  スタンレーは大袈裟なため息をつくと、先程ののポーズを真似る。

「仕方ないな」
「当然」

  はスタンレーが罰ゲームを諦めてくれたことに、ホッと胸を撫で下ろす。しかし、帰り際にスタンレーが呟いたセリフをは聞き逃さなかった。

「折角、蝶の標本を整理してもらおうと思ったんだが」

  虫嫌いのにとって、スタンレーが考えていた罰ゲームの内容は、地獄そのもの。奇しくもの予想は当たっていたことになる。
  自分に不利な状況から、あれよあれよと自分に有利なようにことを運び、無茶苦茶な要求を出そうとするスタンレーを目の当たりにして、はそのとき初めて、スタンレーに罰ゲームは禁句だと思い知らされたのだった。





セリフが多いですね。
もう少し甘々にしようと思っていたのに、今回はスタンレーが冷たかった…(苦笑)
私も蝶の整理だけはご遠慮したいです。うへえ。

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