** ひざまくら ** / 50のお題・29



  水の流れる音が聞こえる。雨でも降っているのだろうか。目を開けて確認しようとするが、重いまぶたが邪魔をして中々目を開けることが出来ない。寝起きの朦朧とした頭は、まだ起きることに抵抗しているようだった。
  やっとのことで目を開けたルイだったが、一番先に目に飛び込んできたものに愕然とする。目線の先には、テーブルの上に散乱している空の缶ビールやグラス、つまみの残骸。
  昨夜は確か、皆と真人の家でクリスマスパーティーという名の鍋パーティーをしたはずだが。そういえば、イブの日は同僚たちと鍋パーティーだと友人に漏らしたら、皆に羨ましがられたなぁ、などと余計なことを思い出す。
  それよりも。
  横になったままでは頭も上手く働かないと身を起こそうとしたルイは、自分の頭の下にある枕だと思っていたものが温かいことに気付く。温かいだけならまだしも、独特の柔らかさと独特の感触に、ルイの思考は段々とはっきりしてくる。視界に少しだけ入ってくる枕らしきものは、自分に掛けられていた毛布とは違う色の毛布。
  ルイは自分が行き着いた答えを確かめるべく、軽くそれに触った。

(これって……もしかして、足……よね)

  恐る恐る振り向いた先には、ソファに座ったまま眠りこけている真人が居た。一気に眠気が覚めたルイは、慌てて起き上がる。

「な、なっ……」

  どう考えても、自分は真人に膝枕してもらっていたとしか考えられない。
  昨夜の出来事を思い出そうと、記憶の糸を辿ろうとしたとき、リビングのドアが開いた。

「起こしたか、すまん」

  タオル片手に、すっきりした顔のスタンレーが入ってくる。洗面所で顔を洗っていたらしい。雨の音だと思っていたのは蛇口から流れる水の音だったのだ。

「ううん。あの、スタンレー、私、昨日……」
「ああ、俺に訊くな。知りたいならそいつに訊くんだな」

  ルイが言い終わらないうちに、冷たい応えが帰ってくる。話すのが面倒なのかスタンレーは軽く肩を竦めて、前髪から水滴が落ちるのを鬱陶しそうにタオルで拭いた。
  ルイはスタンレーから何も訊き出せないことを悟ると、軽くため息をつく。昨夜の自分の様子はぷつりと記憶が切れていることから大体の察しはつくが、せめて何故自分が真人の膝枕で眠っていたのか、それだけは真人以外の口から聞きたい。ルイは何とかスタンレーから訊きだそうとするが、しれっと質問を軽く流すスタンレーからは、ボブとジャッキーは昨夜遅くに帰ったということ以外の情報を得ることは出来なかった。

「じゃあ、俺は帰るから」
「え? もう帰るの? もう少し居てよ、真人が目を覚ますまででいいから、お願い」
「もう、って今何時だと思ってるんだ。悪いが午後から用事があるんでね。後はふたりでよろしくやってくれ」
「よ、よろしくって……スタンレー!」

  焦るルイを残して、スタンレーは部屋を出て行ってしまった。
  残されたルイは呆然とスタンレーが出て行ったドアを見詰めることしかできない。

「……んだよ、うるせーよ、ルイ」
「きゃっ」

  ルイの声で起きたのだろう、真人はあふ、とあくびをして、大きく伸びをする。右手で首の後ろを押さえて頭を左右に振りながらゆっくり立ち上がると、キッチンの冷蔵庫からペットボトルを取り出す。
  ルイは水色のラベルから、真人が好んで飲むミネラルウォーターだと解った。
  真人は半分以上を一気に喉へ流し込み、軽く息を吐く。

「お、おはよう、真人」
「あー、おはよう」

  気の抜けた返事をして、残りのミネラルウォーターを飲み干す。
  どう話を切り出していいのか解らないルイは、窓辺へ向かうとカーテンを開けた。薄暗かった部屋が光で満たされる。眩しさに思わず細めた目に映ったのは、昨夜は見られなかった白の世界。

「雪、結構降ったなー」
「そうね、真っ白だわ。昨夜はまだ小降りだったのに」
「寒いはずだぜ」

  真人をあんな格好のまま寝かせてしまったのは自分が膝枕してもらった所為なのではないか、もしかしたらその所為で寒かったんじゃないか、とルイは焦り。

「私の所為、かな」
「何でそうなるんだよ」
「だって、その、私……」

  ルイが言い難そうに目を伏せる様子を黙って見ていた真人だったが、二本目のミネラルウォーターを手にソファへと移動する。

「何処まで覚えてる?」
「えっと、ボブにワインを勧められたところまで、かな」
「要するに、全く覚えてないんだな」
「私、何かした?」
「………いや、何も」

  妙な間が開いたのは気のせいだろうか。

「全部話して。覚悟は出来てるから」
「……だから、何もしてないって」
「嘘。スタンレーも言い難そうだったもの」
「そういや、あいつ帰ったのか」
「話を逸らさないで」

  ルイは真人に詰め寄る。記憶を無くするまで飲んだことは確かだ。しかし、だからこそ、今後の為にも自分の醜態を知って自制しなければならない、とルイは思う。
  真人もルイの気迫に折れたのか、要所要所を掻い摘んで話し始めた。





「……後で皆に謝らなくちゃ」

  余程ショックを受けたのか、顔を真っ青にしてがっくりと肩を落として項垂れるルイに、真人も同情を隠し切れない。

「ま、まあ、酒を勧めた俺たちも悪いし、おあいこだよ、な?」

  どの辺がおあいこなのか問い詰めたいところだ。
  尚も気を落とすルイをどうにか励まそうとするが、中々上手いフォローが浮かんでこない。話を逸らそうと、別の話題を振るが。

「そのー、なんだ。ソファで寝て、体痛くなってないか?」
「!」

  弾かれたようにルイが顔を上げた。

「ルイ?」
「恥かきついでに訊くけど……私、何で真人の膝枕で寝てたの?」

  ルイの顔は先程の真っ青からは程遠い真っ赤になっている。
  ああ、と真人は頭をぽりぽりと掻いて。

「俺に絡んでたと思ったら、糸が切れたように突然寝ちまったんだよ。俺の足を枕にしてさ」

  穴があったら入りたいとはこのことだ。ルイは返す言葉も無く、ただただがっくりと項垂れる。

「俺ももう寝ようと思ってた矢先だったし、スタンレーもルイをそのまま寝かせておけって言うしさ」
「……ごめんなさい」
「謝ることじゃないって。俺もいつの間にか寝ちまってて、正直よく覚えてないんだよな」
「重かったでしょ」
「それも覚えてない」
「嘘」
「確かに、さっきちょっと痺れてたけどな」

  いつもの笑顔でとぼける真人に彼なりの優しさを感じて、ルイは少しだけ気が軽くなる。

「起こさないように気を使ってくれたのはうれしいけど、床にでも転がしてくれてもよかったのに」
「ルイじゃなかったらそうしてたよ」
「え?」

  今にも消え入りそうな声は少し掠れていて、ルイの耳には届かなかったらしい。
  真人はバツの悪そうな顔を隠すように、そっぽを向く。まだ酒が抜けきれていないのだろうか、このまま二人きりでいると本音が出てしまいそうで、真人は無意識に口元を抑える。

(あいつが余計なこと言うから意識しちまうじゃないか)

  あいつ、とはスタンレーのことだ。ルイが眠ってしまってから、小一時間ほど二人で酒を酌み交わしていたのだが、スタンレーの一言一言が真人の図星を衝いていて、珍しく何も言い返せなかったのを覚えている。

「さてと。いつまでもこのまま散らかしておくわけにもいかないし、片付けましょうか」

  立ち直りが早いのはルイのいいところだ。ゴミの山と化しているテーブルの上があっという間に更地になり、ルイのテキパキとした動きに真人は感心するばかりで。洗い物も全て終えたルイに、ねぎらいの言葉を掛ける。

「サンキュ。一人でやらせちまったな」
「いいのよ、これくらい。さてと、私帰るわね」

  ルイがコートを羽織ってマフラーを首に掛けながら、真人の方を振り向いた。いつの間に真人がすぐ後ろに立っていて、ルイは少なからず驚いたのだが。

「ルイ」
「な、何?」
「今日、これから暇か?」
「ええ、特に予定は入ってないわよ」
「じゃあ、晩メシでも食いに行こうぜ。夕方迎えに行くからさ」

  予想もしていなかった突然のお誘いに、またまた驚くルイ。何を言われているのか理解するまでに時間が掛かったが、すぐにOKの返事をする。

「うん、待ってるわね」

  うれしそうに部屋を出て行くルイを真人は見送り。
  焦りながら誘った余裕の無い自分に、ルイは気付いているのだろうか。もう少しルイと一緒に居たいという勝手な願いを、ルイは知ってか知らずか満面の笑みで受け入れてくれた。ただそれだけで真人の心は満たされる。

「それまでに酒抜かねぇとなぁ」

  ひとりごちて、今日再びルイに会えるというだけで浮かれている自分に苦笑しながら、バスルームへと向かった。







真人はルイに膝枕してあげながら、スタンと飲んでいたものと思われ(笑)
ちくしょー、してもらいたいよ。
酒のチカラは凄いね、いろんな意味で(苦笑)


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