** 気付かない想い ・ 真人&ルイ編 **
ルイはその後、ボブと高城大佐に『義理チョコ』を渡し、次なる標的に向けて気合を入れた。標的は『本命』の真人である。はっきり言って彼は鈍い。本当に鈍い。一応、真人には夕食が終わってから少しだけ時間を作ってもらってはいるが、毎年のようにきっとチョコレートだけをもらってさっさと笑顔で退場するのだと思うと、泣きたい気分になる。こっちは本気で好きなのに。
ふと時計を見ると約束の時間が近づいている。ルイは、はぁ、と深いため息をひとつつくと、パンパンと頬を叩いて、よしっ、と気合を入れ、待ち合わせの場所であるコマンドベースの近くの公園へと向かった。人に見られるのはやっぱり恥ずかしいとルイが指定した場所である。
約束の時間より五分ほど早く着いたのに、そこにはすでに真人の姿があった。ベンチに座り、静かに夜空を見上げている。いつも見る彼とは全く違うおだやかな表情に、ルイは声を掛けるのも忘れて見とれてしまう。そして、やっぱりなんだかんだと言っても自分は彼が好きなのだと改めて自覚し、ドキドキと心臓が高鳴る。
「何だよ、ルイ、そんなとこに突っ立って。来てるなら声掛けてくれよ」
「え、あっと……ごめんなさい、寒かったでしょ」
まさかあなたに見惚れていましたなんて、口が裂けても言えない。そんなルイの心情を知ってか知らずか、真人はこっち来て座れよ、と手招きをする。少し緊張しながら真人の隣りに座り、彼の横顔を覗き込むようにして見ると彼はまた、夜空を見上げていた。それにつられてルイも空を見上げる。まるで今にも星が降ってきそうなきれいな夜空が広がっていた。
「きれいね。手を伸ばせば届きそう」
「だよな」
しばらくふたりだけの世界に浸っていたかったルイだが、人の気配で現実に戻される。ここは夜の公園、辺りには誰もいない、相手は真人で、しかも今日はバレンタイン。この状態を見た人間は間違いなく、デート中だと認識してそそくさと無言で立ち去るに違いない。それだけは避けたかったルイがすっくと立ち上がると、先に立ち上がっていた真人に抱きかかえられるようにしてベンチの後ろの茂みに連れて行かれる。突然のことに驚いたルイは抗議の声をあげた。
「ちょっ……真人っ?!」
「しーっ」
口を塞がれたルイは真っ赤になりながらも真人の行動に抵抗しようとするが、彼の体が覆い被さるように彼女を抑えるので身動きひとつとれずにいる。見上げるとすぐ近くにある真人の顔に加えて、密着状態の体勢に半分パニックになってしまっているルイだが、近づいてくる人の声でなんとか我に返ることができた。
「スタンレーの声だわ……」
「……スタンレー?」
近づいてきたのは間違いなくスタンレーであった。しかも、彼の隣りには小柄な女性が寄り添うようにいるではないか。思わず自分たちのことを忘れ、真人もルイも前を通り過ぎようとしているいつもはクールな同僚にくぎづけである。
彼が女性とふたりっきりで歩き、はっきりとは聞こえないがなにやら楽しげに会話をし、寒そうにしている女性に自分のジャケットを掛けてやる光景など、自分の目を疑ってしまう。とどめは女性と手を繋ぎ、その手を繋いだままポケットに入れたのだった。
スタンレーたちが立ち去った後、ふたりはお互い目の前で起こったことを自分たちの姿とダブらせて慌てて立ち上がる。真人もルイも茹で蛸のように顔を赤くし、必要以上に距離をとってしまう。
「……っと、そのっ……、ほっ、星がキレイねっ」
「あ、ああっ、ホントにキレイだよなっ」
「「あはは……」」
この場の空気をどうにか払拭しようと、必死に会話のひきだしを開ける。しかし、ひきだしの中は空っぽらしく、気の利いた言葉が出てこない。いてもたってもいられない状態に先に痺れを切らしたのは真人の方だった。
「お、俺たちもそろそろ帰るか」
ルイはそうね、と返事をしたが、バッグに入っているチョコレートとプレゼントを渡しそこないそうな雰囲気に焦る。周りはもう誰もいない、今ここにいるのは自分と真人だけだ。そう自分に言い聞かせ、勇気を振り絞る。
「真人、これ、受け取ってくれる?」
バッグから取り出したのはルイが前日一生懸命作ったトリュフチョコレートと、一ヶ月かけて選んだキーリング。何度もショップに足を運んだので、店員と仲良くなってしまったっけ。ふたつともきれいにラッピングされてある。
「もちろん」
ゆっくりとルイに近づき、ゆっくりとルイから受け取る。彼女からこうやってプレゼントを受け取るのは何度目だろう。いつも手渡しで、彼女は照れながら目線を少し下に向けている。その度に自惚れてもいいのだろうか、と自問自答し、結局は一言のお礼と笑顔だけを残して去っていく自分。今回に限って馬鹿に心臓が高鳴る。きっと、あんな場面を見てしまって感化されているに違いない。
でも。
「いつも、ありがとな」
思いがけずやさしい声をかけられてルイは真人を見上げてしまう。
「ううん、お礼なんていいのよ」
「チョコレート、だよな? 義理だったら、すげーショックなんだけど、俺」
「……今、何て?」
「な、何でもないっ、ほら、帰るぞ」
照れ隠しにルイの手を引いて、ずんずんと帰り道を歩いていく。
少しだけの勇気と、自惚れと、思いがけないハプニングに後押しされて、やっとふたりは一歩を踏み出せた。だが、周りがヤキモキする程、彼らの仲は長い間平行線を辿ることになるのであった。
終
続きがあるような終わり方しちゃったよ(苦笑)
気が向いたらね、向いたら…ははは。
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