** 星と波とあなたの言葉 **


  今日は久しぶりに昔の友人達と会うことが出来た。お昼頃に待ち合わせをして、一緒にランチをとって。その後は街をぶらついて、気が付いたらディナーの時間で。自分の部屋に戻ったのは、夜の十時過ぎ。
  シャワーを浴びながらさっきまでの出来事を反芻しながら、楽しかった時間はあっという間に過ぎていくのだと少し淋しく思う。バスタオルを巻いたまま、ミネラルウォーターを手にソファに座る。
  独りの夜などいつものことではないか、と感傷的になっている自分に苦笑いを浮かべた。
  このままベッドになだれ込んで朝まで眠ってしまいたかったが、一向に眠気がやってこない。慣れないミュールで一日中歩き回って、体は疲れているはずなのだが、頭の中がやたらと冴えてしまっている。いつもとは違う、気兼ねない友人達との会話に、脳が刺激されてしまったのか。仕方ない、と、ルイはロングのリビングウェアに着替えると、読みかけの本に手を伸ばした。
  ソファに横たわり、ブックマークしておいたページを開きかけたとき、インターフォンが鳴った。
  時計を見ると、あと十分ほどで十一時半になるところだ。こんな時間に誰だろう、と首を傾げてインターフォンを手にとる。

「はい?」
「えっと、俺だけど、今いいかな」

  インターフォンから聞こえてきた声は、同僚の真人のものだった。同僚といっても、ルイにとっては特別な存在であり、いつまで経っても想いを伝えられない相手である。当然、名乗らなくても彼だということは解る。
  突然想い人からの誘いを受けて、うん、と咄嗟に返事をしたものの、何故こんな時間に?という疑問は頭から離れない。
  ドアを開けると、Tシャツにジャージ姿の真人が所在無げに立っていた。

「少し外、歩かないか?」
「外?」
「その……星がキレイだからさ、ルイもどうかな、と思って」

  少し慌てた様子の真人の顔は、心なしか赤くなっているようだ。
  折角の真人からの誘いを断るはずもなく。ルイは真人の誘いを受けることにした。





  高台にある宿舎から砂浜へと続く急な階段を降りていく。すぐ目の前には、二人を招くように波が静かに打ち寄せている。

「こんな時間だと、やっぱり誰も居ないわね」
「ああ、そうだな。それより、急に悪いな。寝てたんじゃないか?」
「ううん、目が冴えて眠れなかったの。誘ってくれて助かったわ」
「なら、いいんだ」

  当の真人が何も話してくれないので、ルイは彼が何故突然誘ってくれたのか解らない。多少の疑問は残るにしても、二人きりのこの時間を無駄にしたくはなかった。

「今日ね、学生時代の友人達と会ってたの」

  一番仲の良かった友人に彼氏が出来たこと。
  おっちょこちょいで目の離せなかった友人に、この冬には子供が生まれるということ。
  ルイは今日あった出来事を、何年も大事にしてきた宝物をそっと手にするときの様に、慈しみながら話す。
  ルイの数歩後ろを歩きながら、真人は珍しく聞き役に徹していた。いつものルイとは別の、歳相応の会話を楽しみたかったこともあるが、心の隅にすっきりしない何かが存在しているのだ。すっきりしない何か、というのは例に漏れずヤキモチなのだが。ルイがあまりにも嬉しそうに話すものだから、自分の居ない場所で彼女が過ごした時間にまでヤキモチを焼いているのである。そんな重症の感情に、この男はきっと気付きもしないのだろう。

『ピピピピ……ピピピピ……』

  真人の腕時計から午前0時を知らせるアラームが鳴った。

「十二時だ」
「もうそんな時間なのね。何だか私ばっかり話しちゃって……。真人、何か話したいことがあったんじゃないの?」

  海からの風で乱れる髪を抑えながら、くるり、と振り返るルイに一瞬動きが止まり。
  真っ直ぐ見詰めてくる視線をどうにか受け止めて、真人から放たれた言葉は。

「ハッピーバースデー、ルイ」

  真人から思いも寄らない言葉を耳にして、ルイは驚きを隠せない。どう返答していいか言葉を探している間にも、真人は照れを隠すためか矢継ぎ早に言葉を重ねる。

「ほら、明日……っと、今日か。俺、朝イチで本部に応援に行かなくちゃなんないからさ。帰ってくるのは一週間後だし、その……」
「真人……」
「いや、だからさ、ルイの誕生日だろ? 忘れないうちに言いたかったっていうか」
「私の誕生日、覚えていてくれたのね」
「あ……うん」

  少々歯切れが悪いのは、真人がルイの誕生日を当日のお昼まで忘れていたからに他ならないのだが。実を言えばルイの誕生日を教えてくれたのはジャッキーなのだ。ランチの最中にそれとなく話題を振ったジャッキーの気使いに、真人は感謝の言葉以外に無い。当然、プレゼントは用意できるはずもなく。

「プレゼントは用意できなかったんだけど、一番におめでとうって言いたくてさ」
「だから、こんな時間に誘ってくれたの?」
「ああ。ルイが寝てたら計画はパァだったわけだ」
「普段はもう寝てるわよ」
「でも、今日は起きてたろ?」

  真人らしい、とルイは思う。
  きっと、誕生日なんて覚えていなかったに違いない。誰かがそっと教えてくれたのだと、さっきの真人の様子から察しはつく。
  それでも。プレゼントなど用意していなくても、真人の気持ちがとても嬉しい。

「ありがとう、真人」
「うん?」
「私にとって、最高のプレゼントよ」

  その言葉を聞いて安心したのも束の間、真人は窮地に立たされる。
  背中に廻された細い腕、胸に感じる柔らかい感触、そして、鼻をくすぐる石鹸の香り。突然抱き付いてきたのがルイ以外の女性なら、何の迷いもなく突き放したであろう。しかし、相手は少なからず好意を寄せている女性である。ルイには悪気がないのだろうが、真人も健全な成人男性なのだ。理性も吹っ飛びそうな状況に、身動きひとつ取れないでいる自分が情けない。

「ル、ルイっ」
「あっ、ご、ごめんなさいっ」

  慌てて真人から離れたルイも、思わず抱き付いてしまったことに自分自身が驚いている様子で。

「ルイ」
「な、何?」

  真剣な表情で見詰められれば、心臓は急激に高鳴っていく。シチュエーションは十分、周りには誰もいない。目の前にいるのは恋焦がれる男だけ。この状態で、次のセリフに期待しない女がいるだろうか。
  ルイは固唾を飲んで真人の言葉を待った。

「もう少しこう、肉がついた方が……」

  全部言い終わらない内に、ルイの右手は真人の左頬を目掛けて飛んでいく。

『バキッ』

  到底平手打ちとは思えない音が響いた。

「余計なお世話ですっ! もう知らないっ!」

  今来た道を引き返すルイに、真人は苦笑いを漏らす。
  これ以上ルイの女性の部分を見せられては、本当に歯止めが利かない。今はまだ、ルイとはこういう関係でいたいと願う真人の気持ちも、彼女には全く届いていないのだろう。ルイにとっては甚だ迷惑な話なのだが。

「正直な感想なんだけどなー」
「何か言った?」
「別に」

  付かず離れずの距離で、二人は砂浜に刻まれた自身の足跡を辿っていく。

「ごめんってば」
「どうせ私は女らしくありませんよ」
「だからさ、ごめん! 機嫌直せよ、な? ルイ」
「知りません」
「ホントにごめんって」

  一週間後、ルイの耳にはルビーのピアスが輝いていた。もちろん、真人からルイへの二つ目のバースデープレゼントなのだが、謝罪の意味が込めてあることは二人だけの秘密である。






グーか?グーで殴ったのかっ?(ダラダラ)
すっかり尻に敷かれてるなぁ…真人。


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