** 発端 **
名前しか知らない友人のバースデーパーティー。いや、友人と呼べるほどの仲ではないが、主賓が同僚の友人ということで無理矢理連れてこられた。大きめのバーを貸切っての盛大なパーティーだ。もちろん、人数も軽く見積もって五十人以上はいるだろう。
今日ひとつ歳をとった主賓は、えらくご機嫌な様子で皆からの祝杯を受けている。
パーティー開始から暫く経つが、どんちゃん騒ぎは収まることがないようだ。結局は日頃溜まったストレスの発散場所となっているのだろう。
元々あまり乗り気ではなかったは、こっそり時計を見る。二十二時十五分。切り上げるには丁度いい頃合だ。自分を誘った同僚に帰る旨を伝えるために、今まで談笑していた友人たちに気付かれないよう、できるだけ自然な仕草で会場を見渡す。あちこちと挨拶に回ったまま戻る気配のない同僚を、薄暗い中から探し出すのは難しい。このまま何も告げずに帰っても構わないだろうが、の性格上、気が引けてそれが出来ない。
「もう。鉄砲玉なんだから」
誰も聞き取れないような小さな声で呟き、もう一度辺りを探してみる。
ふと、カウンターに寄りかかってフロアを眺めている男と目が合った。いかにも、という感じの色香漂う女性が両脇を陣取っているが、男はにこりとも笑みを浮かべる様子はなく、無愛想な表情でじっとこちらを見詰めている。
他人がこの二人を見たら、見詰め合っているとしか認識しないだろう。お互いに目線を外すこともなく、は友人の話に曖昧な返事を繰り返す。
「? どうしたの?」
「えっ、あ……。ちょっとゴメン」
友人に声を掛けられて初めて男から目を外すことができた。動揺しつつ、パウダールームへ行く振りをして席を立つ。
(私、あの男に睨まれるようなことしたっけ?)
別に睨まれたわけではないのだが、男の無愛想がに勘違いさせただけのことだ。
とりあえず、当初の目的である同僚探しを始めたが、すれ違う人すれ違う人、笑顔でに声を掛けてくる。それだけを知る人間が多く、好意を抱かれているのだ。も律儀に全員に応じるものだから、全く前に進まない。
一向に見つからない同僚に一言文句を言いたい気分になってきたそのとき、同僚がを見つけてこっちへ向かってきた。はホッと胸を撫で下ろし、やっと見つかった同僚に軽く手を振る。
二人で出口近くのカウンターの端に移動すると、は申し訳なさそうな顔を浮かべて、彼女にそろそろ帰る、と伝えた。
「何言ってるのよ、これからじゃないの!」
「ん、ちょっと飲み過ぎちゃったみたいだし」
「の為に誘ったのよ。あなた、彼と別れたって言ってたじゃないの」
彼と別れたら乗り気ではないパーティーに参加しなければならないのか。それとこれとは別だろうに。がっくりと肩を落としては反論する。
「言ったけど、それとこれと何の関係もないでしょうに」
「もう、これだから鈍いって言われるのよ」
彼女曰く、独り身となったの為に新しい彼との出会いの場を提供した、らしい。
嫌な予感がする。これは無理にでも引き上げた方がいいと判断したは、出口へと向かう。
「いや、私、暫く男は要らないから。今日は帰るわ」
「ああ、待ってよ! あなたのこと気になってるって男がいるのよ、ちょっと待って!」
を慌てて引き止めながら、彼女はフロアの方へ手を振り、一人の男を呼ぶ。笑顔で目の前に現れたのは、確か陸軍戦車部隊の小隊長ではなかったか。仕事関係でも女関係でもあまりいい噂を聞かない男だ。
はおせっかいも甚だしい同僚を軽く睨み付け、誰かに助けを求めて先程まで話をしていた友人たちの方に目線を送るが、話に夢中なのか誰もこちらを見ようとしない。笑顔の小隊長殿は、のはっきりした辞退をも恥ずかしがっていると自分に都合のいいように勘違いしているらしく、随分と乗り気である。
誰も助けてくれないと解っていても、助けてくれる誰かを探して目線はフロアを彷徨う。
(あ……)
また、目が合った。
にやり、と口端を上げたように見えたのは気のせいだろうか。
男は両手の華をほっぽり出して、つかつかとあっという間にの隣へとやってきたのだ。突然現れた男に三人は言葉を無くして、呆然と男の次の行動を待っているように見えた。
「行くぞ、」
男はそう言っての右腕を掴むと、出口へと向かう。
一瞬何が起きたのか、何故彼が自分の名前を知っているのか疑問だらけのだったが、すぐに彼が助けてくれたのだと理解する。
それからの行動は速かった。右腕を掴んでいた男の左手をやんわりと外して替わりに自分の腕を組み、にっこりと笑みを返す。
誰が見ても、初めて言葉を交わし、お互いに名前も知らない間柄には見えない。
「ってわけなの、ゴメンね。じゃ!」
「ちょっと、!」
同僚の引き止めるセリフを振り切るように、足早に二人はパーティー会場から姿を消した。
「ありがとう、助かったわ」
「俺もそろそろ出ようと思っていたところだったからな。礼は要らん」
店を出てすぐに腕を解いたは、相変わらず無愛想な男に頭を下げる。男はちらりとを見てから、何事も無かったように駅方面へと足を進めた。ぶっきらぼうな返事に、は苦笑いを浮かべる。
「何がおかしい」
「いえ、何でもないわ。それより、私も帰りはそっちの方向だから、途中まで一緒に行ってもいい?」
「……勝手にしろ」
「じゃ、お言葉に甘えて」
二人並んで、同じ方向に歩き出す。
「ね、どうして私の名前、知ってたの? あなたとは初対面よね?」
「あれだけ皆に呼ばれてりゃ嫌でも耳に入ってくるさ」
「そっか。じゃ、改めて。私、。あなたの名前、訊いてもいい?」
「スタンレー・ヒルトンだ」
「スタンレー・ヒルトン、ね」
特にこれといった会話もなく、二人は着かず離れずの距離を保って歩いていく。
駅の一本手前の大通りで、は足を止める。スタンレーも同じく足を止めて、頭ひとつ違うを見下ろした。
「私、こっちなの。今日は最後の最後に楽しく過ごせたわ」
「家は何処なんだ?」
「ここからイースト通りの方へ歩いて十分くらいのところよ」
「送ろう」
「私なら一人で大丈夫よ。それより……」
の言い分も聞かないうちに、スタンレーは彼女の家方面へと歩みを進める。は慌ててスタンレーの後を付いていく。
車通りも少なくないし、街灯が道路を照らしていて暗い道ではないが、夜中に女一人歩くことの危険を彼は心配してくれているのだろう。
無愛想でとっつきにくそうな第一印象とは全く違った内面を少し垣間見れたような気がして、は内心うれしくなる。
「この角を、右」
家までの道のりを案内しながら歩いていく。この角を曲がれば、のアパートまで二十メートルもない。
「ここ。私のアパート」
「ああ」
簡単な返事でスタンレーは今来た道を戻ろうと、踵を返す。
予想通りの行動には今日何度目かの苦笑いを浮かべ、スタンレーの背中に向かって声を掛ける。
「送ってくれてありがとう。気をつけてね、スタン」
(『スタン』?)
スタンレーはいきなり愛称で呼ばれて驚いたのか、一瞬の間を置いての方を振り向いた。
しかし、アパートの入り口に立っていたの姿はすでに無く。
思えばパーティーに無理に連れてこられたところから自分のペースは乱されていたのではないかと思う。そこで、またもや自分らしからぬ行動に出たのは、ペースを乱された故の行動なのか、それとも、相手がだったからなのか。
簡単に出ない答えを探しながら、スタンレーは家路を急ぐのだった。
終
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な…何だか真人夢とかぶってますか?(汗)
ピンチを助けられる、っていうのがどうも好きらしいです、私。
スタンレーは案外自分から動いてくれるってことに気がつきました。
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