** 夏の憂鬱 / 前編 **


  ジリジリと太陽が容赦なく照りつける。日陰でじっとしていてもすぐに汗が噴き出してくるような、殺人的な暑い日がここ数日続いていた。今日はというとまだ昼前だというのに、温度計は三十度よりも上を示している。
  屋根がついているだけの屋外と断言してもいい格納庫で、作業している男が三人。

「ああ、暑い……。どうにかしろ、真人」
「俺に言ったって、この暑さが治まるわけじゃねーだろ」

  うっとうしそうにハニーブロンドの髪をかきあげながら、ピエールは隣りで作業している真人に愚痴っていた。愚痴られた真人も少々暑さで気が立っているのか、受け答え方に棘がちらつく。その二人の後ろでジャッキーが残念そうにつぶやいた。

「海が近いのに、眺めてるだけですからね」

  今、彼らが滞在している地域は日本某所。海が近く、潮の香りが風に乗ってやってくる。暑さでグロッキー気味の隊員たちにとって、その香りは多少の気分転換になるものだった。

「そうだよ、何で今まで気づかなかったんだ。夏といえば海! 海水浴だ!」

  ピエールにいつもの活気が戻った。彼は善は急げとばかりに真人やジャッキーに『明日は海水浴だから予定空けとけよ』と強引に予定を入れ、足取りも軽く格納庫を出て行った。

「予定空けとけって言ったって、明日も仕事だろうが」
「そうですよね、明日もしっかり仕事の日ですよね……?」
「ピエール(さん)、壊れた?」

  残された二人が半ばあきれたように目を合わせ、声をそろえた。
  一方の『壊れた』と疑われたピエールはというと、必死に高城大佐に働き詰めだから休みをくれと、ドルバック隊の休暇を無理矢理取り付けていたのだった。きっと真人がその役目であったなら、休暇は確実に取り付けられなかっただろう。遊びのためなら堅い上司をも口説き落とすとは、さすがピエール、である。





  正午になり、真人とジャッキーはどこかへ行ったきり戻ってこないピエールを待つことなく、食堂へ向かった。食堂には自分たちとは別の仕事をしていたルイとボブが先にテーブルに就いて、こっちだと手を振っている。それに軽く手を挙げて応えると、バイキング式のランチをトレイに乗せていき、ルイたちの待つテーブルへと向かう。ひとり足りないことに気づいて、ルイが尋ねた。

「ピエールは一緒じゃないの?」
「あいつ、暑さで壊れちまってさ、どっか行ったっきり戻って来なかったんだよ」
「おいおい、壊れたってどういうことだ?」
「海水浴だーっ、ってスキップしてどこかに消えちゃいました」

  その説明では納得できないという顔でルイとボブが次の質問を口に出そうとしたそのとき。

「諸君! 明日はドルバック隊の休日だ! みんなで海水浴に行こうぜ!」

  それこそ満面の笑みで真人の隣りに座ると、これまでの経過を語り、高城大佐から休日をもらったことを話した。せっかくなんだからみんなで行こう、とピエールが二人を誘う。

「ルイもおやじさんも行くだろ? 海水浴」
「せっかく誘ってもらったんだが、明日はゆっくり休ませてもらうよ。四人で楽しんでくるといい。」
「えー、おやじさん、行かないのか。残念だな……。ルイはもちろん行くよな?」

  ピエールがルイに尋ねる。間髪いれずにOKの返事が返ってくるものだと思っていたメンバーは、思いがけないルイの気のない返事に少なからず驚いた。何故なら昨夜、ウインドサーフィンがしたい、とかスキューバダイビングがしたい、と先頭を切って話していたのは他ならぬ、ルイだったのだから。

「うん……どうしようかな……」
「なに悩んでるんだよ、夏はやっぱり海よね、とか言ってたじゃないか。それに、女の子がいた方が断然楽しいし! なっ、真人!」
「あ、ああ……」
「ちょっと、考えさせて? 夕食までには決めておくから。ね?」

  そう言ったっきり、何かを思いつめたような表情でランチを食べ始める。一言も話す気配もないルイを横目に、勝手な憶測を小声で話す他メンバーたち。

「俺、なんか機嫌悪くするようなこと言ったか?」
「いいや、ピエールは何も言ってないぞ」
「どうしちゃったんでしょうね、ルイさん。真っ先にOKすると思ったんですけど。真人さん、何か知ってます?」
「いや、知らないよ。体調でも崩したか?」
「体調……?」

  ピエールは何かに気付いたような顔を浮かべて、さらに小声で話すべく、みんなを近くに呼ぶ。

「判ったぞ、あれだ、あれ。女の子には月一回、避けては通れない生……」

  全てのセリフを言い終わる前に、ゴンッ!と鈍い音がした。ピエールが頭を抱えてうずくまった後ろには、トレイを握り締めているルイがいた。

「そんなんじゃありませんっ! 今月はもう終わりましたっ!」

  と、怒りで真っ赤になりながら大声で叫んだかと思うと、自分が爆弾発言をしたということにも気付かず、さっさと食堂を出て行った。残された男どもは顔を赤らめながら、さっきから一向に減らないランチをつつき始める。居たたまれない微妙な空気の中、最初に口火を切ったのはジャッキーだった。

「……ルイさん、自分で何言ったか分かってないですよね。見かけによらずおっちょこちょいというか、なんというか……」
「おっちょこちょいじゃ済まされんだろう、なぁ、真人」
「爆弾発言だよな。つーか、大丈夫か、ピエール」

  ピエールはまだ、頭を抱えてうずくまっていたのだった。


中編→



いやぁ、前後編になってしまいました。
ホントにピエール、壊れ気味でピエールファンの方には申し訳ないなぁと。
むーん、後編で終われるのかっ?
今から謝っておこう…前中後編になったらすみません。


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