** 一歩 **



  バス停の時刻表を確認すると、最終バスが出てしまった後だった。はがっくりと肩を落として、恨めしそうに時刻表の文字をなぞる。このまま突っ立っていても三十分も前に通過してしまっただろう最終バスは戻ってこない。仕方なく駅までの長い道のりを歩くことに決めた。最終電車の時間まではまだ余裕があるし、もし遅れてしまってもタクシーがある。しかし、給料日前の寒い懐具合を考えると、タクシーは極力避けたい。
  が駅へ向かおうと、くるりと向きを変えたそのとき、バス停を少し過ぎた路肩に大型バイクが停まった。不審者かと一瞬体を強張らせただったが、バイクのエンジンを止め、ヘルメットを外してこちらを見ている男がスタンレーだと判った途端に、自然と体の力が抜けていった。
  先程のやりとりが少々恥ずかしかったが、いつもと変わりないスタンレーに感謝しながら、小走りで彼の元へ向かう。

「アパートまで送る。乗れよ」
「お言葉に甘えてちゃってもいいの?」
「ああ」
「ありがとう。でも、ちょっと遠いから、駅まででいいわよ」
「……判った」

  そう言うと、スタンレーは手にしていたヘルメットをの頭に被せた。これはさっきまで彼が被っていたヘルメットではなかったか。は慌ててシールドを上げて、スタンレーに問い質す。

「ちょっ、これ、スタンのでしょ?」
「それひとつしかないんだ。我慢してくれ」
「ノーヘルで運転する気?」
「ちくるなよ」

  スタンレーはに後ろのシートに乗るように促し、彼女が乗ったのを確認すると、エンジンをかけた。

「しっかり掴まってろ」
「掴まるところが無いんだけど」
「……俺に掴まれ」
「あ、なるほど」

  掴まる場所が無いのはタンデム用ではないスタンレーのバイクでは当然のことで、仕様もないことを訊いた自分に、彼が少しばかり呆れ顔だったような気がして、は軽く赤面する。
  遠慮がちにスタンレーの腰に腕を廻して、しかししっかりと手は服を掴む。
  それを合図に、スタンレーの運転するバイクが発進した。
  が乗ったことのあるバイクといえば原付バイクくらいのもので、これだけ大型のものは初めてだ。しかも、誰かの運転するバイクの後ろに乗るというのも初めてである。なので、これ程の加速が付くことも全くの想定外で。
  クン、と後ろに引っ張られて、そのまま車道に転がっていきそうな強い力がの体に掛かった。スタンレーの腰に廻していた腕は自然に力が入り、吹き飛ばされまいと体は彼の背中に密着するような形になり、妙に恥かしい気持ちでいっぱいになる。





  闇に流れていく街灯やネオンをぼんやりと眺めながら、はスタンレーのことを思う。
  今日のことで色んな人にスタンレーの居場所を訊いて回った。返ってきたのは彼に関するそれぞれの簡単な印象と、からかい半分の質問と。居場所が判るまで、結構な時間を要した。
  それにしても。
  取っ付き難くて、クールな皮肉屋で、しかも無愛想。スタンレーの印象は総合するとそんな感じだろうか。皆が思っているような人じゃない、とその場で言い返せなかったのが口惜しい。こんなにも優しくて、温かい人なのに、と思う。
  そんなことを考えていると、見覚えのある景色の前でバイクが停まった。

(うちのアパート?)

  見覚えがあるはずだ。スタンレーがバイクを停めたのは、のアパート前の路肩。駅までのはずが、こんなところまで送ってもらってしまった。
  はそれよりも、駅までの道を外れてアパートへ向かったことに全く気が付かないほど、スタンレーのことを考えていたことの方に少なからずショックを受ける。少しよろけながらバイクを降りて、ヘルメットをスタンレーに渡した。

「ありがとう。結局アパートまで送ってもらっちゃったわね」
「構わん」

  スタンレーは短く返事をすると、すぐにバイクを出そうとキーに手を伸ばす。

「ちょっと待って」

  慌ててはスタンレーを引き止めた。
  バックから出した手帳に素早く何かを書き込み、そのページを破いてスタンレーに手渡す。
  スタンレーは皮のグローブを嵌めた手でそれを受け取り、書かれてある文字に目を通しているようだった。

「一応、私の携帯の番号とメールアドレスを渡しておくわ。また変な言い掛かりつけられたら、連絡して頂戴。今度は私がガツンと言ってやるから」
「……が? ガツンと?」
「そう」

  スタンレーは困ったような笑いを薄く浮かべて、から受け取った紙切れを胸ポケットにしまい込む。

「何が可笑しいのよ」
「いや、勇ましいなと思ってね」
「ほ……ほっといてよ」
「判った、今度はすぐに応援を呼ぶことにするさ」
「すぐに飛んで行きます」

  はふざけながら、敬礼の真似をする。
  さっきよりも、僅かに深い笑みを浮かべ、スタンレーはキーを回す。

「別に無理しないでいいのよ。それ、要らなかったら捨ててくれても構わないから」
「何?」

  エンジン音が鳴り、の声が聞き取り難かったのか、スタンレーが少し耳を傾けた。今度はスタンレーが聞き取れるよう、は少し大きな声で返事を返す。

「……ううん、何でもない。送ってくれてありがとう、って言ったの」
「ああ」
「気を付けてね。おやすみなさい」
「おやすみ」

  スタンレーは車が来ないことを確認すると、ゆっくりとバイクをUターンさせて今来た道を帰って行った。
  頼まれもしないのに自分から連絡先を教えるなんて、どうかしてしまったのだろうか、とは後になってから独り悩み。悪用するような人ではないと確信しているからこそなのか、彼からの返信を期待しているからこそなのか、自分でもはっきりした結論が出ないまま、はその日の眠りに就いた。





  スタンレーからの携帯にメールが届いたのは、その日から二週間後のことだった。




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スタンレーから携帯No.とメルアドをゲットしよう、なお話でした。
今回はちと難産でした…(涙)

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