** 転属 **



  これで何度目だろう。荷造りがほとんど終わり、ダンボールが積まれた部屋の中で、入隊時から今までの転属回数を数えてみる。早ければ半年、長くても二年で次の職場へと移っている。皆と打ち解けた頃にサヨウナラ、なんてことは少なくないし、仲の良かった同僚がその後すぐに同じ基地へと転属になることがあったので、寂しいと感じることはあまりなかった。しかし、には少しばかりの心残りがある。

(二週間かぁ。やっぱり迷惑だったかな)

  あれから二週間。一向にスタンレーから連絡がない。そんなに期待していたわけではないが、やはり連絡先を教えた相手から何の音沙汰もないのは、自分が拒否されているように感じて少し寂しい気もする。

(そりゃね、何の用事もないのに連絡入れろっていうのも、無理な話だけど)

  玄関に備え付けの鏡の前で、簡単に自分の服装チェックをする。袖に付いていた糸くずを取り除いてから履き慣れたシューズを履き、行きつけのバーへと向かう。今日は特に仲良かった友人たちが、自分の為に送別会を開いてくれるらしい。遅刻して雰囲気を壊してしまうことのないように、時間に余裕を持って早めに部屋を出る。
  外はまだ日が暮れたばかりで、暖かい色の空が広がっていた。その空の色が段々と闇の色へと変化していくのを楽しみながら、ゆっくり歩いてゆく。
  気が付けばバーの近くまで来ていた。しかし、時計を覗くと集合時間までかなりある。

(早く着き過ぎるのも、迷惑よね)

  どうやって時間を潰そうかと空を見上げたそのとき、携帯が鳴り、メールが届いたことをに知らせた。はバッグから携帯を取り出して、メールを確認する。タイトルを見て思わず足を止めた。

(スタンからだわ)

  急に立ち止まったを避け切れずに、後ろからスーツ姿のサラリーマンの肩がぶつかる。迷惑そうに顔を顰めた相手には慌てて謝ると、邪魔にならないような場所へ移動してから改めてメールに目を通す。
  タイトルにはスタンレーの名前、そしてメール本文には、話があるので時間が空いたら電話をくれ、という内容の短い文章と携帯の電話番号が打ってあった。携帯番号も渡したはずなのに、わざわざメールで相手の都合に合わせる辺り、彼の性格が現れているようで、少し笑みが漏れる。
  そして、今がにとって空いている時間、である。
  さっきまで彼からの連絡を待っていたはずなのに、いざ連絡がとれた途端、素直に喜べなかった自分がいるのに驚く。何故喜べないのか、その理由も判らなかったが、は気を取り直してスタンレーの携帯へ電話を掛ける。数回の呼出音の後に、彼の声が耳に響いてきた。

『もしもし』
です」
? ああ、か。早かったな。今大丈夫なのか?』
「ええ、丁度時間が空いたところよ」
『そうか』
「スタンは今、大丈夫なの?」
『ああ』

  相変わらずの短い返事に、苦笑いする。

「また、彼に変な言い掛かりつけられたの?」
『それ程ツメは甘くないつもりだが』
「違うの? んー、じゃあ、ごはん奢ってくれるとか?」
『……後でな』
「その間が気になるけど、まあいいわ。その言葉、忘れないでね」

  いつものやり取りだが、ほんの少しだけ空気がぎこちない。スタンレーもそれに気付いている様子で、突然話題を変えた。

『転属になったって?』
「あら、知ってたの?」
『今日聞いたんだ』
「優秀なもので、色んなところからお声が掛かるの」
『へえ、ついこの間ヘマして残業させられていたのは誰だったかな』
「ついこの間のことなのに、忘れちゃったの? じゃあきっと、さっきの言葉も忘れちゃうわね、残念」

  ここで、はさっき自分が素直に喜べなかった理由を理解する。スタンレーとこのままサヨウナラで終わることが淋しかったのだ。忘れられることが嫌だったのだ。

『忘れない内にメシを奢ればいいんだろう?』
「うれしいけど、明後日にはここに居ないのよね」
『それは残念』
「何だか微妙に悔しいのは気のせいかしら」
『なら、言葉を変えよう。今度会ったら奢る、に訂正する』
「約束よ」
『ああ』

  お互いがお互いにまた会えることを前提に話しているのが判ると、さっきまでのぎこちなさが嘘のように会話が進んでいく。
  しばらく話しただろうか、名残惜しそうに残っていた薄い桃色の空は、すっかりと銀をちりばめた墨色に溶けてなくなってしまっていた。

「そろそろ行かないと」
『そうか』
「次に会うときまでにお勧めの三ツ星レストラン、探しておくから安心して」
『お手柔らかに』
「じゃあ、またね」
『ああ、また』

  はスタンレーが先に携帯を切るのを待ってから、自分の携帯を切る。最後の台詞が未来に繋がるものだったことが何よりも嬉しい。
  ふとショーウインドウに映った自分の顔を見て、は我に返る。

(って、何でこんなににやけてんの、私)

  は緩んだ頬を引き締めようと、軽く両手で数回叩く。
  異動の時期などを考えると、次にスタンレーに会えるのはきっと早くても一年後だろう。すれ違いが続けば十年後、はたまた二度と会えなくなるということもある。それでも、必ずまた近いうちに会えるような気がするのは、ただの願望なのか。それが現実になることを信じて、向こうに着いたら早速ガイドブックを買って、三ツ星レストランを探そうと思う。

(そういえば、スタンって食べられないものあるのかしら)

  色々と考えことをしながら、はバーへ向かって再び歩き出した。




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、異動です。
……スタンレーのメールって、事務連絡っぽいような。

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