** 迷妄 **



  が近況報告をメールすれば、スタンレーからの返事は二、三言。短く素っ気ないメールだったが、それはを安心させた。特に、戦争が始まってからはそのメールがお互いの生存を実感できる唯一のものになっていた。スタンレーがドルバック隊に任命されたときも、彼は何の連絡もよこさずにコマンドベースへと赴いたのだが、がメールすれば時間は空いても必ず返事が届き、密かに胸を撫で下ろしたものだった。
  はスタンレーと最後に連絡を取った辺りから記憶を辿ってみる。確か、一ヶ月以上前のことだ。今の日本の気候は梅雨といって雨が多いから洗濯物を溜め込まないように、とのアドバイスに、洗濯乾燥機という文明の利器を知っているか?と返信されたのが、最後だったはず。それからすぐには日本支部への異動を言い渡され、引継ぎやら引越しやらで忙しい日々を送ることになる。
  スタンレーへの連絡は少し落ち着いてからでもいいか、と連絡を取らなかったことを怒っているのだろうか。しかし、以前異動があったときもすぐには連絡しなかったが、別に怒った様子もなかった。そもそも、マメに連絡を取り合っていたわけではなかったし、その程度のことでスタンレーが怒る理由もないはずだ。
  では、他に理由があるのだろうか。は色々なケースを頭に思い浮かべるが、やはり何も思い当たる節がない。唯一出た結論。

(誘ってみるか……)

  直接本人に訊くこと、である。





「美味しいのよ、ここの串焼き」

  スタンレーの手を引いてが入っていったのは、大通りから少し離れた小路にある小さな居酒屋。小さな木の看板がひっそりと立て掛けてあるだけで、ここが居酒屋だと気付く人は少ないだろう。それでも、中に入ると奥行きがあり驚くほど広く感じる。七席あるカウンター席は常連客で埋め尽くされ、テーブル席やお座敷席も客で賑わい、空席は無いように見受けられた。
  従業員たちの笑顔と威勢の良い声に迎えられて、スタンレーは少々狼狽える。

『大将、空いてる?』
『おう、ちゃん待ってたよ。奥のテーブル席が空いてるよ』
『ありがとう』

  こっちよ、とに案内されて二人掛けのテーブル席に着く。
  日本語で書かれたメニューを見ても、スタンレーには何がなんだか判るはずもなく、オーダーは全てに任せることにする。オーダーを済ませると、すぐにビールが運ばれてきた。

「とりあえず、ビールで乾杯ね」

  乾杯、とお互いのジョッキを合わせてビールを喉に流し込む。

「うーん、夏はやっぱりビールだわ」
「最初からとばすなよ」

  のジョッキの中にはすでに三分の一ほどのビールしか残っておらず、スタンレーは呆れた様子で彼女を見やる。そんなスタンレーをにっこりと軽く流すと、はこの居酒屋のことを話し始めた。
  学生の頃、先輩に連れられて初めてここに来たこと、それ以来ここの串焼きと雰囲気に惚れ込んで何度も通うようになり、すっかり常連となったこと、連邦軍に勤めるようになってからも日本へ来ることがあれば必ず足を運ぶこと。次から次へと賛辞の言葉が出てくる。は余程この居酒屋が気に入っているらしい。

「……戦争が終わってからもお店を続けていてくれて、うれしかったな」
「ああ」

  笑顔で話し続けるに、スタンレーは何故か安堵する。今まで胸で疼いていた『何か』がすう、と消えていくのが判った。





「良かった」

  は、アルコールの所為で紅くなった頬を隠すように頬杖をつきながら、スタンレーに笑いかけた。

「何が良かったって?」
「ん、いつものスタンで良かった、って。昨日、ちょっと雰囲気違ってたから」

  自分では何も変わらないつもりでいたのだが、には僅かな苛々が伝わったらしい。彼女にだけは気付かれてはならないものなのに。
  ばつが悪い。

「私、スタンに何か悪いことしたかなって気になってたんだよね。でも、うん、いつものスタンで安心した」
「……悪かったな」
「ううん」
「あいつとは……知り合いなのか?」
「あいつって誰?」
「真人のことだよ」
「真人さん? 昨日会ったばかりだから、何だろう、知り合いになるのかな」

  初対面であれだけ親しくなれるものかと、感心してしまう。しかし、自分がと初めて会ったときのことを思い浮かべれば、妙に納得できるのだが。兎に角、それだけのことで苛々していた自分が情けなく思えてくる。何故真人に対して嫉妬に似た感情を持ったのか、自分でも理解できないのがもどかしい。を好きかと問われれば『yes』と答えるだろう。だが、それは友人としての『yes』であり、恋愛対象としての『yes』ではないと、自負している。

「スタンと真人さんって仲良いでしょ」

  突拍子もないことを訊かれ、思わず自分の耳を疑ってしまう。
  誰と誰が仲が良いって?

「何を根拠にそう言い切る」
「え、違う? スタンが機嫌悪そうにしてるの、気付いてたし。ほら、スタンってポーカーフェイスだからそういうの気付かれないでしょう? 真人さんはすぐ気付いたみたいだから、仲良いのかなって」
「……それだけで仲が良いとは限らんだろう」
「そう?」

  は納得いかないような顔で小首を傾げ、残りのチューハイを飲み干す。
  それを合図に二人は店を出た。




←BACK   NEXT→

ちょっと中途半端な感じですが…今回はこんな感じで。
次はもう少しスタンに動いてもらう予定です。
スタンは真人ほど鈍くないはずなんだけどなぁ…(苦笑)

to HOMEto Dream TOP