** 感得 **
居酒屋を出てから、二人は行く当てもなくふらふら歩き出した。このまま帰るには勿体ないから散歩がてら遠回りして帰ろう、がと申し出た為だった。
スタンレーは少し足元が覚束ないをさりげなく支えながら歩いて行く。
「飲み過ぎだ」
「そんなことないわよ。こーんなにいい気分なんだもの」
「……」
ならしっかり歩け、と促したところで、には馬の耳に念仏だろう。スタンレーは呆れながらも、に付き合うことにした。
人通りの少ない路地を抜け、大通りへ出る。流石に車も人も多い。行き交う人の邪魔にならないように、フラフラするを上手く誘導する。それはさながら幼稚園児の手を引いて散歩する保育士のようで。その幼稚園児が、繋いでいた手の反対の手で保育士のエプロンならぬシャツの裾をツン、と引っ張った。
「……スタン」
「何だ」
「……お水飲みたい。冷たいの」
指差した先にはコンビニが煌々とその存在を主張していた。
「んー、すっきり」
はコンビニ前のガードレールに腰を掛けて、ミネラルウォーターで喉を潤す。
近くにある公園まで待てなかったのかと、またまた呆れ気味のスタンレーだが、酔っ払いを相手に何を言っても無駄だと判っているので、敢えて黙っての行動に従うことにした。
そのは目を瞑ったまま、ボトルで火照った頬を冷やしている。その仕草が妙に子供っぽく見えて、思わずスタンレーの顔も緩む。
『?』
スタンレーの背後から男の声がする。その声を聞いた瞬間、は弾かれたように声のする方向に目を向けると、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべて立ち上がった。スーツ姿の男がに向かって笑みを浮かべている。
『……久しぶりね』
『ああ。元気そうだな』
『お陰様で』
日本語で話しているので、スタンレーには何を言っているのか判らないが、の様子から歓迎される再会ではないようだ。
『彼氏?』
『……友達よ』
『そっか。今、彼氏はいるのか?』
『あなたには関係ないことだと思うんだけど』
スタンレーは、この男が明らかにただの友人ではないと直感する。このまま二人のやり取りを見続けるのは、不愉快極まりない。今すぐにでもこの男からを引き離したかった。
「行くぞ」
の手を取って、男の前から立ち去ろうとしたその時。男がの肩を掴んで、歩みを止めさせた。
スタンレーが見たその手の薬指には、指輪がはめられている。それは、結婚した者の証。は気付いているのだろうか、思わず眉を顰める。
『また、やり直さないか、俺たち』
『……寝言は寝てから言ってくれる?』
『やっぱり、じゃなきゃダメだって気付いたんだ。あれから後悔してばかりで……ずっとお前のこと忘れられなかったんだ』
『あら、私は今の今まであなたのこと忘れてたわ』
『』
『さよなら』
掴まれたままの肩から男の手を容赦なく振り払う。
「行こ」
その場をすぐに離れたいのか、スタンレーの腕を引いて早足で去って行く。先程までフラフラだったのが嘘のように、足取りはしっかりしている。
暫く歩いただろうか、不意にが立ち止まった。
「何よ……バカにして。何がまたやり直さないかよ。私じゃなきゃダメだって言うのよ。何が忘れられなかったよ!」
その目には涙が溢れている。強く握り締めた手が震えていた。あからさまに欺かれたことが悔しいのか、それとも、まだあの男に未練があるから泣いているのか。
スタンレーは、の真意を計り兼ねていた。ただ、あんな男の為に涙を流すのは許せないと、漠然とした怒りだけが静かに湧いてくるのを感じる。同時に、真人に対する嫉妬に似た感情の正体が判った気がした。嫉妬そのもの。自分が認めたくなかっただけの話だ。
「」
「っ、ごめん……」
つ、と涙が頬を伝う。
堪らず、スタンレーはを抱き寄せた。大した抵抗もなく、その身体はスタンレーに傾き、すっぽりと力強い腕に包まれる。
「ス、タン……?」
「殴ってやればよかったんだ」
「……」
「バカにするな、ってな」
「……気付いてたの? 彼が結婚してるって」
「ああ」
「前に付き合ってた人なの。二股かけられて別れて。彼はそれから軍辞めちゃって、何処に居たのかも知らなかったんだけどね。……私、そんなに騙しやすいのかな。すごく悔しい」
「まあ、確かに騙しやすそうに見えるな」
「酷い」
「本当のことだからな」
さっきまで泣き顔だったは、からかわれたことで膨れっ面へと変貌している。
「だから、そんなヤツのことで泣くな」
大きくて、少し体温の低い手で、顔を包み込まれる。男のくせに繊細な指が、の頬に流れる涙を拭った。
一瞬、何をされたのか理解できずに、はじっとスタンレーを見つめてしまう。それにも構わず、今度はゆっくりとスタンレーの顔が近づいてくる。逸らしたくても両手で固定されているので、嫌でもスタンレーの顔を間近で見てしまうことになる。
「あの、スタン……?」
「黙ってろ」
突然の出来事に、の頭の中はパニックだ。どうしていいか判らずに、ぎゅっと目を瞑ってしまう。すると、瞼に柔らかいものが触れた。スタンレーのくちづけが、瞼、目尻、頬へと優しく落ちてゆく。
「……もう、泣くなよ?」
「〜〜〜」
平気な顔で口端を上げるスタンレーに、は言い返すことも出来ずに真っ赤な顔で口をパクつかせている。
「金魚か、お前は」
「だ、誰の所為だと思ってるのよーっ」
の性格上、今日のこの出来事は全て、お互いが酒に酔ったことによる失態と結論付けるだろう。しかし、スタンレーが酒に酔って失態を犯すなど、今まで一度も無かったことで。自分が出した結論に無理があることに、しばらく頭を抱えることになるのだが。
胸の内にある自分の望みに気付いてしまったスタンレーが、このまま傍観するはずもなく。近い未来に二人の関係が変化するのは必至のこと―――。
終
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甘々を目指してみました。
甘い…ですか?(ちょっと心配…)
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