** 展開 **



あれは、酔っ払いの出来心。
きっと、つまらないことで泣いてしまった自分を揶揄いたくなっただけ。
だから、無かったことにしてしまえばいい。
彼の前でも、いつもの自分でいられますように。





  あれから三週間が経つが、幸か不幸かとスタンレーは顔を合わせることは無かった。いつものようにメールを交わし、いつもと変わらず、時間は過ぎていく。
  定時に仕事を終えることができたは、今晩の夕食のメニューを考えながら通用門へと向かった。

(冷蔵庫にひき肉と豆腐が残ってるから、今日は麻婆豆腐にしよう)

  献立が決定したところで、渡り廊下に差し掛かった。ふと窓の外に目線を向ける。
  あと少しで、遠くに浮かび上がる山々も空の色と一体化して、目を凝らさなければ見えなくなってしまうだろう。

(あれ、スタン……よね)

  目の端に捉えたのは、駐輪場の出入り口に立つスタンレーの姿。今から帰るのか、それともこれから勤務なのかは判らないが、顔を合わせて挨拶くらいは出来るだろうとがスタンレーの元へと一歩踏み出した時だった。白い手が、スタンレーの首へと回されたのが見えた。続いて見えたのは、薄っすらと照らし出されるブロンドの長い髪。そして、微動だにしないスタンレー。表情までは窺い知ることは出来ないが、女性がスタンレーに抱きついていることくらいは判る。
  は驚きの余り、そこから動くことすらできないでいる。
  そんなを知ってか知らずか、ブロンドが揺れたかと思うとスタンレーに顔を近づけ。

『なーに見てんだ?』
『! ま、真人さん!?』

  後ろから声を掛けてきたのは、真人だった。
  必要以上に驚いたの目線の先を辿る。辿った先にあるものを確認すると、面白いものを見たとばかりにヒューと口笛を吹く。

『あれ、スタンレーじゃねぇか。モテるやつは違うねぇ』
『っ、真人さんもモテるじゃないですか』

  反応が遅かったものの、何とか言葉が口から出たことにはホッとする。

『俺? だったらいいんだけどな』
『真人さんはカッコイイから、モテると思うんだけど』
ちゃんからそんなこと言われると、本気にするぜ?』
『あら、本当のことよ?』

  真人に話しかけられなかったら、自分はどうなっていただろう。どうして、ショックを受けているのだろう。きちんと笑顔で話せているだろうか。真人が普段と変わらないトーンで話し掛けてくれているということは、きっと、自分も普段通りに話すことが出来ているはず。
  しかし、これ以上笑顔を浮かべているのは無理だと、心が悲鳴を上げる。
  真人に罪悪感を抱きながら、二、三言葉を交わすと、用事があるからと嘘をついて半ば無理矢理会話を切り上げた。

『それじゃあ、お仕事頑張ってくださいね』
『ああ、ちゃんも気をつけてな』

  お互いに手を振って、反対方向へと歩き出す。
  地に足が着いていないような、そんな感覚の中、漸く通用門を抜け、とぼとぼとバス停へと向かった。

(そういえば、初めて会った時も美人さんに囲まれてたなぁ)

  改めて、スタンレーという男について考える。
  二人きりで会っても気兼ねなく話せて、二人きりで飲んでも先に潰れるのはいつも自分の方で。自分から異性に連絡先を教えたのも彼が初めてだったし、酒に酔っていたといっても男の前で涙を流したのも彼が初めてだった。
  いつの間に、彼が近くにいることが心地良いと感じるようになってしまったのだろう。

(好き……? ううん、あんなことされて、意識してるだけよ)

  好きだという気持ちに気付いていながら、今までの関係を壊したくないがために先日のハプニングを理由に否定する、堂々巡りだ。



  ふいに、スタンレーの声が聞こえた気がした。
  空耳が聞こえてくるなんて相当末期だわ、と項垂れたところで右手を掴まれ、驚いたがそちらの方向に反射的に振り向くと、そこにはいつもの彼が立っていた。



  いや、いつもの彼ではない。
  呼ぶ声は普段より低く、掴まれた右手首は痛いほどで。切羽詰った顔は、初めて見たような気がする。何をそんなに焦っているのだろう。
  しかしその姿は何故か大きな犬を想像させて、今まで悩んでいたことなど一瞬で忘れ、思わず『お手』と言いそうになる。

「空耳じゃなかったのね」
「何度も呼んだ」
「ゴメン、考えごとしてたの」
「……」

  伺うような目で、何を? と訊かれているような気がする。
  ずるい、と思う。
  いつもこの目に負けて何でも答えていた自分が今日に限っては腹立たしい。悔しいので、話を逸らしてみる。

「えっと、これ、痛いんだけど」

  掴まれた右手を少しだけ上げて、放して、と遠回しに訴える。
  開放されるとばかり思っていたその手は、ますます強く力を込められ、路上に停めてあるスタンレーのバイクの方へ引っ張られていく。

「痛いって、スタン、ちょっと……待っ……」

  やっと開放された手首をさすっていると、いきなり抱き上げられてバイクの後部席へ乗せられる。余りに強引な展開にも驚きを隠せない。
  そんなを横目に、スタンレーはバイクに跨り発進させようとしている。この期に及んで逃げ腰気味なは、またまた有りもしない用事を理由にこの場から逃れようと嘘をつく。

「いや、あの、スタン? 今日は用事があって、その、」
「却下だ」
「却下って、それはちょっと横暴なんじゃない? 私の用事なのよ? スタンが口出しすることじゃないでしょう」

  嘘をついているのは自分だということを忘れて、間髪入れずに他人のスケジュールに口を出すスタンレーに、思わずムッとする。

「なら、断われ」
「は?」

  反論も出来ないまま、少々強引にヘルメットを被せられる。

「しっかり掴まれ、飛ばすぞ」

  言うなり、二人を乗せたバイクは法定速度を上回るスピードで走り出したのだった。




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大型犬スタン登場。普段は大人しくても、一度火が付くと大変です(笑)

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